****************************
振り込め詐欺集団から足を洗いたい男を、マコトはどう助けるのか?絵画商法の”ヴィーナス”に入れ揚げたオタク青年の恋の行方は?連続放火魔は果たして、以前実家に放火した少年なのか?ストリート・ギャングの”キング”タカシの危機を、マコトは救う事が出来るのか?
****************************
知らない方にとっては「何のこっちゃ!?」と思われるだろうが、石田衣良氏の人気シリーズ「池袋ウエストゲートパーク」の最新刊「池袋ウエストゲートパークⅦ Gボーイズ冬戦争」を今日は紹介したい。当ブログでも何度か書いているが、石田氏は東野圭吾氏と並んで自分の好きな作家で在り、中でも「池袋ウエストゲートパーク」シリーズは彼の魅力を十二分に堪能出来る作品だと思っている。彼の最大の魅力で在る「瑞々しい文体」と「泉の如く湧き出す流麗な比喩」が実に心地良く、読み手の心を掴んで離さない。
池袋西口公園に屯している果物屋の息子・真島誠(マコト)が、天賦の才とも言えるトラブル・シューターぶりを遺憾無く発揮し、トラブルを解決して行くこのシリーズ。「マコトとは工業高校時代の同級生で、池袋を勢力下に置くストリート・ギャング集団「Gボーイズ」を束ねる”キング”こと安藤崇(タカシ)が内部抗争に巻き込まれ、Gボーイズ内での全面戦争の危機に直面。その危機を”親友”のマコトが救うべく、八面六臂の大活躍を見せる。」というのが、今回のメイン・ストーリー。
****************************
おれたちの世界はいつふたつに分かれてしまったのだろう? 日のあたる場所と決して日のあたらない場所。南国の楽園の一歩となりには、極寒の地獄。そこに住むのは、恵まれたごく少数と大多数の運の悪いやつらだ。 それでも額に汗して働くことは尊いと、どこかの大企業の社長たちがテレビの記者会見でいう。だが、やつらの会社が乾いたタオルさえ絞り抜くリストラで業績を回復させたことは、工業高校卒のおれにだってわかるのだ。 つかい捨てにされるフリーターや契約社員たち。やつらは額に汗して働いても、将来の保障もないし、まともな年金にも加入できない。汗まみれで単純労働に従事して、年収二百万の無情の世界を生きるのだ。 やつらは誰にも文句をいえず、さんざん世のなかのあちこちで蹴り飛ばされる。しまいにはどこかの大学教授から、「下流」の人間には、働く意欲も、向上心も、生きる希望もないとシールを貼られる。おれたちはこれ以上ないほど簡単に人を区分けして、あっさり切り捨てることになる。ラベルさえちゃんと貼っておけば安心だ。きちんと整理分類して、倉庫にでもつっこんでおけるからな。NEET、フリーター、引きこもり、オタク。おれたちの社会は若いやつらを百万人単位で見捨てていくのである。
(中略)
おれはぼんやりと店番をしながら、正社員になれずにイリーガルな仕事に転落していくガキどものことを考えていた。二百万人のフリーターのうち、何パーセントが新しい形の犯罪者になってしまうのか。結局、人をつかい捨てにすれば、企業で削られたのと同じコストを、社会全体で負担することになるのだ。プラスマイナスゼロである。
****************************
頭の中で何度もリフレインしたくなる文章の数々。腹蔵無く言うと、やや中弛み感が無いでは無かったこのシリーズが、今回の作品では再び初期の煌めきを取り戻していた。嫌な渡世の中、微かな”光”がこの作品からは感じ取れる。今回の作品の中では「バーン・ダウン・ザ・ハウス」が個人的には御薦め。
総合評価は「次作も大いに期待したい。」と星4つ。
振り込め詐欺集団から足を洗いたい男を、マコトはどう助けるのか?絵画商法の”ヴィーナス”に入れ揚げたオタク青年の恋の行方は?連続放火魔は果たして、以前実家に放火した少年なのか?ストリート・ギャングの”キング”タカシの危機を、マコトは救う事が出来るのか?
****************************
知らない方にとっては「何のこっちゃ!?」と思われるだろうが、石田衣良氏の人気シリーズ「池袋ウエストゲートパーク」の最新刊「池袋ウエストゲートパークⅦ Gボーイズ冬戦争」を今日は紹介したい。当ブログでも何度か書いているが、石田氏は東野圭吾氏と並んで自分の好きな作家で在り、中でも「池袋ウエストゲートパーク」シリーズは彼の魅力を十二分に堪能出来る作品だと思っている。彼の最大の魅力で在る「瑞々しい文体」と「泉の如く湧き出す流麗な比喩」が実に心地良く、読み手の心を掴んで離さない。
池袋西口公園に屯している果物屋の息子・真島誠(マコト)が、天賦の才とも言えるトラブル・シューターぶりを遺憾無く発揮し、トラブルを解決して行くこのシリーズ。「マコトとは工業高校時代の同級生で、池袋を勢力下に置くストリート・ギャング集団「Gボーイズ」を束ねる”キング”こと安藤崇(タカシ)が内部抗争に巻き込まれ、Gボーイズ内での全面戦争の危機に直面。その危機を”親友”のマコトが救うべく、八面六臂の大活躍を見せる。」というのが、今回のメイン・ストーリー。
****************************
おれたちの世界はいつふたつに分かれてしまったのだろう? 日のあたる場所と決して日のあたらない場所。南国の楽園の一歩となりには、極寒の地獄。そこに住むのは、恵まれたごく少数と大多数の運の悪いやつらだ。 それでも額に汗して働くことは尊いと、どこかの大企業の社長たちがテレビの記者会見でいう。だが、やつらの会社が乾いたタオルさえ絞り抜くリストラで業績を回復させたことは、工業高校卒のおれにだってわかるのだ。 つかい捨てにされるフリーターや契約社員たち。やつらは額に汗して働いても、将来の保障もないし、まともな年金にも加入できない。汗まみれで単純労働に従事して、年収二百万の無情の世界を生きるのだ。 やつらは誰にも文句をいえず、さんざん世のなかのあちこちで蹴り飛ばされる。しまいにはどこかの大学教授から、「下流」の人間には、働く意欲も、向上心も、生きる希望もないとシールを貼られる。おれたちはこれ以上ないほど簡単に人を区分けして、あっさり切り捨てることになる。ラベルさえちゃんと貼っておけば安心だ。きちんと整理分類して、倉庫にでもつっこんでおけるからな。NEET、フリーター、引きこもり、オタク。おれたちの社会は若いやつらを百万人単位で見捨てていくのである。
(中略)
おれはぼんやりと店番をしながら、正社員になれずにイリーガルな仕事に転落していくガキどものことを考えていた。二百万人のフリーターのうち、何パーセントが新しい形の犯罪者になってしまうのか。結局、人をつかい捨てにすれば、企業で削られたのと同じコストを、社会全体で負担することになるのだ。プラスマイナスゼロである。
****************************
頭の中で何度もリフレインしたくなる文章の数々。腹蔵無く言うと、やや中弛み感が無いでは無かったこのシリーズが、今回の作品では再び初期の煌めきを取り戻していた。嫌な渡世の中、微かな”光”がこの作品からは感じ取れる。今回の作品の中では「バーン・ダウン・ザ・ハウス」が個人的には御薦め。
総合評価は「次作も大いに期待したい。」と星4つ。
その度に「メディアに露出しない方がいいんじゃないの?」思うのですがね。
これ、アタシだけの思いではないことを最近知りました。
>絵画商法
田舎のショッピングモールへ行くとしょっちゅうやってます。県庁所在地の「伝統ある(えばってる)」デパートの絵画展も基本的にこういうのだったりする。いいんだろうか、それで…と思います(汗)。「印象派」に釣られて入ったら最後、セールスマンに付きまとわれたなんて話よく聞きます。実家のある町の床屋やちょっと金持ち風の家には必ずそういうとこで買ったらしきラッセン、ヤマガタが…。
10年ぐらい前、地元の平和堂という大型スーパーの一角内になる市民ホール(市営ですよ!そこは)で一回偶然足を踏み入れて、知的そうな美人女性に付きまとわれて大変だったのを覚えてます。トイレに行きたい言っても出してくれない(笑)。なんとか逃げましたが。その時の展示は「ミュシャ」でした。
上で破壊王子様も触れられているのですが、石田氏の文章の流麗さは一押しの自分でも、彼がコメンテーターとしてTV番組に出演するのだけは止めて欲しいと思っています。「限られた時間内で何か気の効いた事を言おう。」という思いと、彼自身の持つナルシズムが空回りしてしまう感じがして。
渋谷辺りでは○ッセンの絵画を売り付けるおねえちゃんが良く居ましたね。今程世の中の裏事情を知らなかった四半世紀近く前、休みの日に渋谷を闊歩していてこの手のおねえちゃんに”捕獲”されました。胸の谷間がクッキリ見える綺麗目のおねえちゃんの”誘惑”に引き寄せられて店内に入ったのですが、話が進む内に流石に脳内の危険信号が点滅し出し、散々言い訳した挙句に脱出。それ迄の丁重な言葉から一転し、その筋の人の如き捨て台詞を吐かれたのが印象的でした。後から捕獲される男のタイプが、「田舎臭い、もてなさそうな男性。」というのを知り、敵の眼力も然る物だなあと感心した次第です。
うわ(笑)!!
うちの実家のほうだったらターゲットは
「田舎なんちゃってセレブ」(個人的に「セレブ」より「プチブル」のほうが本質突いていて好きだなあ・笑。死語だけど)。まあ日本の約40~60%を占めるであろう層です。
テレビのバラエティを見ないので石田さんというとNHK教育なんかに出てる際のこぎれいな文化人としての姿のみしか知りません。さんまのほうではどうなのかなあ。さんまといえばなんとか野ばらという作家が出てるときに見ましたが彼は想像通りだったなあ。
話してる姿は見たことないけど見てみたいのは吉田修一さん。
「ゾディアック」は確か、先週から映画が上映開始となりましたよね。気になる作品の一つですので、観に行った際には此処で記事にしたいと思っております。
聞く所によると、石田氏は「イケメン作家」の一人だそうです。人の好みはそれぞれですし、他人様の顔の事をどうこう言える程の面相を自分はしていませんが、「彼がイケメンか?」という思いは正直在りますね。唯、ファンの方には申し訳無いのですが「北の宿から」を作曲した”寺内貫太郎”こと小林亜星大先生や、「精霊流し」を作詞&作曲したさだまさし氏等、あの風貌からは全く想像出来ない程の美しい作品を生み出しておられる方は多々居られるのも現実なんですよね。
作風と風貌が一致しているクリエーターと言えば、嶽本野ばら氏(http://www.novala.quilala.jp/index2.html#)とこの大先生(http://umezz.com/jp/)辺りが挙がるのではないでしょうか。どちらも実年齢を感じさせない”美しき化け物”という意味では似ている様な。
作風と風貌の不一致という事では、破壊王子様のブログに書き込みさせて貰ったのですが、「天才バカボン」(「元祖天才バカボン」だったかもしれませんが。)の中で流麗な恋愛小説を書く作家の話が在りました。余りにも美しい表現力に、バカボンのママ迄が入れ揚げてしまい、その作家の元を訪れたものの、その作家はゴミ溜めの様な汚れ切った部屋に住む小汚いオヤジ。その事実に愕然とするも、「きっと忙し過ぎて部屋を掃除する時間が無いのだ。」と「片付けないでくれ!」と頼む作家を無視して、綺麗サッパリと部屋を片付けてしまったママ。綺麗になった部屋で小説を書こうとする作家でしたが、浮かんで来るのは野卑な言葉ばかり。汚い環境では無いと流麗な文章を書く事が出来ない作家だったというオチでした。
「ゾディアック」は小説ではなく、映画の原作でもなく、文学でもなく、ただただ現場検証や証言を淡々とまとめたもので読んでいて疲れました。 きっと映画の方が面白いかと思います。