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昭和の終わりの足音が聞こえる中、東城大学医学部総合外科の佐伯清剛(さえき せいごう)教授は、若き平医局員・渡海征司郎(とかい せいしろう)を大抜擢した。彼は周囲の医局員の反感を買い乍らも、次々に高度な手術を成功させる。軈てオランダの国際学会に教授の名代として送り出された渡海は、其の地で新たな因縁と巡り会う。
そして帰国後、或る患者のカルテに不審を抱いた彼は、佐伯外科の深い闇へ足を踏み入れて行く・・・。
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現役の医師でも在る作家・海堂尊氏の小説「プラチナハーケン1980」は、「ブラックペアン1988」(総合評価:星4つ)、「ブレイズメス1990」(総合評価:星3.5個)、そして「スリジエセンター1991」(総合評価:星3.5個)という所謂「バブル三部作」の“始まりに当たる作品”で在り、又、「海堂作品内で展開されている世界観及び、小説内でのクロス・オーヴァー展開の総称。」で在る“桜宮サーガ”の始まりでも在る。
「プラチナハーケン1980」は、1980年から1985年迄の世界が舞台となっている。そして、「“オペ室の悪魔”と称される渡海征司郎。」と「手術室に『ブラック・ペアン』と呼ばれる真っ黒なペアンを、通常の手術器具の中に含ませている佐伯清剛。」との深い因縁が、明らかにされている作品だ。
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「まあ、そういうことだろうな。しかし官僚とはつくづく、浅はかで浅ましい連中だ。医師が絶大な力を持ち、医療制度を作り上げてきた根源の理由を忘れている。戦争末期、南方戦線に送られた儂は、目の前で傷つき倒れた戦友に、何もできない自分の無力を呪った。亡くなっていく連中の、すがりつくような目は瞼に焼き付いている。戦時中、日本人は医療を受けられずに死んでいった。医療は何よりも切実な望みだとわかっていたから、敗戦で日本が焼け野原になった時に真っ先に、誰もが平等に医療を受けられる制度を作ろうとして官僚が動き、医師も全面的に協力した。そんな初心を忘れた第二世代が今、官僚機構の中心にいる。このままでは日本はいずれ、破滅の縁を、踊りながら歩いていくことになりかねない。」。「同感ですね。確かに今の医療費は膨大かもしれませんが、そこには薬剤や介護に関する費用も含まれています。ですから社会全体で考えると、コストはむしろ低廉に抑えられているはず。厚生官僚の若手は肝心なところがわかっていないようですね。」。「その通り。医療から薬剤を切り離し、介護を分離するなどという暴挙を遂行しようとしているが、それはいずれ市民に多大な損失を強いることになるというのにな。米国に尻尾を振って、そのケツを追いかける連中ばかりが出世していく組織は大問題だ。その米国では保険会社が幅を利かせて経済原理の医療を実施しているため、患者は莫大な負担を強いられている。まったく、米国のような医療の暗黒世界を目指すなんて、どうかしている。これから先、日本の医療は一体どうなってしまうのだろう。」。
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上記内容は、“1984年時点での遣り取り”という設定で書かれている。医療制度が現在抱えている諸問題が、“当時”より蠢いていた事が判る。「過去の過ちから学べない、仮に学んだとしても、直ぐに忘れてしまう人間の性。」は、何とかならない物か?
桜宮サーガを構成している人々の“大昔”が描かれており、「彼等のパーソナリティーが、如何にして作り上げられて行ったのか?」が良く判る。海堂氏が“最初”から、こういう設定を考えていたのかどうかは判らないけれど、桜宮サーガの奥深さを改めて感じた。
総合評価は、星3.5個とする。