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北朝鮮の陸海空軍による大規模軍事演習。国の威信を賭けた此の行事で、桂東月(ケ・ドンウォル)大佐は潜水艦による日本への亡命を決行した。然も、拉致被害者の女性・広野珠代(ひろの たまよ)を連れて。
だが、そんな彼等を、朝鮮人民軍が逃す筈が無い。特殊部隊、爆撃機、魚雷艇、対潜ヘリ、コルベット艦、そして・・・。
息吐く間も無く送り込まれる殲滅隊の攻撃を潜り抜け、東月達は日本に辿り着けるか?
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「次に幻冬舎で書く作品は、『土漠の花』を超えなければいけない。」。そういう強い思いを持ち、月村了衛氏が書き上げた小説が、今回読了した「脱北航路」。「祖国に絶望した北朝鮮海軍の精鋭達が、日本人拉致被害者を連れて脱北する。」というストーリー。脱北する彼等は、45年前に日本から拉致された女性・広野珠代を引き連れている。「北朝鮮海軍の人間だけだったら、弱腰の日本政府は北朝鮮との関係を考慮し、亡命を許さないだろう。だが、拉致被害者の彼女を引き連れてならば、国内の世論に押されて、亡命を許す筈。」、そういう計算が在っての事だった。
「北朝鮮による日本人拉致問題」の横田めぐみさんが、広野珠代のモデルなのは間違い無いだろう。1977年11月15日、北朝鮮工作員によって新潟市から北朝鮮に拉致されためぐみさん。其れから、45年が経とうとしている。「13歳だった少女が、今年で58歳になる。」というのは、余りに長い年月だ。本人も然る事乍ら、彼女の御家族の気持ちを考えると、堪らなくなってしまう。
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(前略)いや、むしろ一昔前なら大きな社会問題となったはずの事件も、今や政府与党にとってはなんの脅威でもなくなってしまった。政治家は自分達の不正を堂々と隠蔽し、恥じることなく虚偽答弁を繰り返した。まるで私物の日記であるかのように公文書を無造作に改竄し、法律どころか憲法まで無視して政権を維持してきた。司法さえまともには機能せず、権力者による明らかな犯罪が裁かれることすらない。国民もマスコミもそのことに慣れきって追及しようともしない。正常な感覚が麻痺したまま常態化したのだ。(後略)
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「彼女は、北朝鮮に拉致されたのではないか?」という噂は、ずっと在った様だ。でも、1997年1月21日、失踪事件を調べていた国会議員公設秘書・兵本達吉氏により、横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されていた事が発覚した事で、事態は一気に動く。「自国民が、北朝鮮によって拉致されたのでは?」と言う噂がずっと在ったというのに、其れ迄の国会議員やマスコミの“動きの鈍さ”が腹立たしい。そういう噂を見聞していたのに、何も行動しなかった我々国民も同罪だろうが・・・。
知り得る範囲での北朝鮮の状況、ディテールが記されていて、読み応えが在る。「次はどうなるのだろう?」というドキドキ感が在り、一気に読み進んでしまった。
残念なのは、「中盤迄はとても読み応えが在ったのに、終盤は尻窄みな感じだった。」という事。現実に起きた「拉致被害者問題」をモデルにしているので止むを得ないのだろうが、“予定調和”な感が在った。
中盤迄だったら「星4つ」を与えられたが、総合評価としては星3.5個とする。