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「98歳の元ナチス看守を起訴ドイツ検察、殺人幇助罪で」(9月1日、共同通信)
ドイツ西部ギーセンの検察当局は1日、「第2次大戦中にナチス・ドイツの強制収容所で、3,300人以上の殺害に関与したとして、看守だった男(98歳)を殺人幇助罪で起訴した。」と発表した。
発表等によると、男は1943年7月から1945年2月、ベルリン近郊に在ったザクセンハウゼン強制収容所で看守をしていた。収容所は1936年の開設から敗戦の1945年迄、ユダヤ人等約20万人が収容され、数万人が死亡した。
ドイツでは2011年のナチス戦犯裁判で、「収容所で看守等として勤務した事を証明すれば、殺人幇助罪が成立する。」との判断が下され、高齢の元看守等の起訴が相次いでいる。
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「ホロコーストに関与した元ナチス党員、元親衛隊隊員、元対独協力者等に関する情報を収集・分析し、此れに基づいて戦争犯罪・人道に対する罪を追及し、裁判による正義の実現を求める活動家。」の事をナチ・ハンターと呼ぶが、今回の元看守の起訴も、彼等の存在が大きく関わっているのだろう。
終戦から78年経っての起訴という事で、「戦争犯罪や人道に対する罪は絶対に許さない!」という強い執念を感じる。人によっては「そんなにも長い年月が経っているのだし、相手は100歳近い老人なのだから、もう許して上げても良いのでは?」と考える人も居るだろ。でも、自分は「『戦争犯罪に加担せざるを得ない状況に追い込まれていた。』等、情状酌量の余地が在れば話は別だが、『3,300人以上の殺害に関与していた。』というのは論外。そういう場合はどんなに年月が経っていたとしても、然る可き罰をうけさせるべきで在る。」と考える。 なので、今回の起訴には賛成だ。
以前にも何度か書いたが、「日本人は大きな犯罪が発生しても、最初はワアワア騒ぎ立てるが、直ぐに忘れてしまう。又、『死屍に鞭打つ』を善しとしない文化が“強過ぎる”為、誰かが“悪玉”の身代わりとなって死ぬ(乃至は殺される)と、其の時点で犯罪の追及自体を止めてしまう事が多い。そういう国民性が在るから、同じ様な犯罪が何度も何度も繰り返される。」と思っている。「ドイツの遣り方が、全て良い。」とは言わないけれど、見習うべき所は少なく無いのではないか。