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「新天皇即位で恩赦 政府検討 微罪・復権に限定」(5月1日、産経新聞)
政府が来年5月1日の皇太子様の天皇即位に伴い、国家の刑罰権を消滅・軽減させる「恩赦」を実施する方向で検討に入る事が30日、判った。複数の政府関係者が明らかにした。国の慶弔時などに行われる「政令恩赦」や「特別基準恩赦」*1が実施されれば、平成5年の皇太子様と雅子様の御結婚時以来で、現行憲法下では11回目となる。
昭和から平成に御代が移った際には、元年に昭和天皇の御大葬に伴う恩赦、2年に天皇陛下の御即位に伴う恩赦が続けて行われた。唯、憲政史上初めてとなる譲位に伴う恩赦の実施に関しては、「御大葬の場合と一緒にする事は出来ない。」等と慎重な意見が政府内に在る。其の為、譲位に伴う恩赦を実施しないか、即位と譲位を一連の慶事と位置付けて、1回のみ実施する方向で検討が進む見通しだ。
恩赦には、「有罪判決が無効になったり、有罪判決が出ていない場合は公訴権が消滅したりする『大赦』。」、「特定の人の有罪判決の効力を失わせる『特赦』。」、「減刑」、「刑の執行の免除」、「有罪判決確定で失ったり停止されたりした資格を回復する『復権』。」の5種類が在る。
政府は今後、過去の実施事例を参考にし乍ら、規模等を焦点に議論する。恩赦の対象者に付いて、政府関係者は「被害者の居る事案の受刑者を大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除にするのは、被害者に説明が付かない。」と説明する。此の為、被害者感情に配慮して微罪の受刑者を対象にする事や、復権に限定する等、此れ迄よりも抑制的な恩赦にする事を念頭に検討して行く事になりそうだ。
現憲法下で此れ迄実施された政令恩赦や特別基準恩赦は、終戦と日本国憲法公布(昭和22年)や国際連合加盟(昭和31年)、沖縄本土復帰(昭和47年)等が在る。天皇陛下の御即位に伴い実施された恩赦の対象者数は、特赦267人、減刑77人、刑の執行の免除10人、復権約250万人で、大赦は居なかった。
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意外と知られていない事かもしれないが、恩赦は憲法の第7条6号と第73条7号により「恩赦の決定は内閣が行い、恩赦の認証は天皇の国事行為として行われる。」と取り決められており、又、恩赦法によって具体的な内容が記された行為で在るという事。
元記事には「現憲法下で、過去に恩赦が実施されたのは10回。」と在るけれど、此方の情報によると、正確に言えば12回の様だ。(「過去2回の減刑令の修正(昭和22年11月3日)」と「明治百年記念(昭和43年11月1日)が抜け落ちていると思われる。)
恩赦という存在に付いて自分は、ずっと疑問に感じている。「多くの国に存在している制度。」という事だし、「法律に基づいた制度。」で在るのは理解している。でも、多くの国で存在している制度が必ずしも正しいとは言えないだろう。又、法律に基づいた制度では在るけれど、恩赦を決定するのは内閣で在るという事から、政府にとって都合の良い、恣意的な判断がどうしても懸念される。実際問題、前回の恩赦(平成5年)では「70%以上が公職選挙法違反の事案だった。」そうで、こうなると「政治家の政治家による政治家の為の恩赦制度」という感じだ。
恩赦に付いては賛否両論在る。賛成派は「社会の変化等により、下された判決が問題になった場合の救済。」、「冤罪者の救済。」、「有罪判決を受けるも、服役中の生活態度等が著しく良い場合、恩赦によって即時服役終了とする事で、逸早く社会復帰をさせられる。」等の理由を挙げている。
「社会の変化等により、下された判決が問題になった場合の救済。」というのは、「戦争に対して批判的だった事から、治安維持法等で捕まった人達等を恩赦で救済した。」という事も在るので判らないでは無いが、「冤罪者の救済。」となると疑問だ。仮に恩赦が実施されたとしても、「有罪が無罪になる訳では無いので、免罪者の名誉回復が図れる訳でも無く、本当の意味での救済になるとは思えないから。」だ。「冤罪とされる事件の再審が認められるのは、非常に難しい現実。」が在るのは判るけれど、恩赦という形では無く、再審によって争うべきだと思う。又、「有罪判決を受けるも、服役中の生活態度等が著しく良い場合、恩赦によって即時服役終了とする事で、逸早く社会復帰をさせられる。」というのも、「一旦、法律によって裁いた事を、“こういう理由”で変えるというのは、結局、法律を軽んじる事になるのではないか。」と思うので。
反対派上記した様に「政府にとって都合の良い、恣意的な判断が憂慮される事。」や「法律を軽んじる事になるのではないか。」という理由を挙げる人が多い。自分も全く同感だ。又、「恩赦は御上による慈悲で在るから、充分御上に感謝し、そして敬う様に。」という“意図”が感じられるのも、個人的に「恩赦制度反対。」と考える所。
そんなこんなで恩赦に付いて色々書いて来たが、皆様にズバリ聞きます!「恩赦制度は必要か否か?」。
*1 “恩赦の対象となる者”に関しては、「政令恩赦」と「個別恩赦」の2つに分けられる。上で記した「特別基準恩赦」は個別恩赦に含まれるのだけれど、もう1つ「常時恩赦」というのが在る事を、現外務大臣の河野太郎氏が13年前に書いた記事で初めて知った。「慶弔には関係無く、略毎月行われている。」とか。
当ブログで書いたと思うのですが、今から5年程前になりましょうか、銀行の駐車場に停めていた車両を当て逃げされました。警察を呼んだのですが、防犯カメラも設置されておらず、結局は泣き寝入りせざるを得なかった。今になっても当時の憤りは忘れられないのだけれど、隆様の書き込みを読ませて貰い、「加害者の側でも、苦しんでおられるケースが在るのだなあ。」と。
唯、罪をきちんと償った上での恩赦(又は罪をずっと悔い続けた上での恩赦)というのは「在り。」と思うのですが、「政治家の政治家による政治家の為の恩赦制度」という側面を強く感じており、そういう意味でどうしても恩赦制度には共感を覚えられない自分です。
実をいうと、交通事故ですが、犯罪をやったことがあるので、恩赦には魅力も感じるのです。飲酒で対物事故、その場から逃げ去ったので、もうかれこれ15年ほど前になりますが、思い出すと苦しんでいます。
「上から目線」と皆さんお書きになっていますが、法律が誰の為にあるのかと言えば、やはり、権力の側でしょう。「恩赦」という言葉からして、服役者に対して恩を売る、というニュアンスがありますね。
軽犯罪だから、ある日突然無罪放免ではなく、あくまで減刑で、ある程度の反省期間としての、服役は必要だと思います。生活に反省が認められ、態度も良いのであれば、重刑であっても、一考の余地があると思います。恩赦は誰かに助けられる事だと思うので、有難い事だとは思います。
“上から目線”、此れは本当に感じますね。「許してやるから、感謝しろよ。」的な感じが在り、とても嫌です。
御紹介戴いたオーストラリア政府の件、初めて知りましたが興味深いですね。感覚的には、海外の「司法取引制度」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%B3%95%E5%8F%96%E5%BC%95)と似た感じ。
「内閣(行政)の判断で、司法の領分に手を突っ込むというのが三権分立に抵触する気がして、違和感在り。」、此れは凄く感じますね。怠惰な学生では在りましたが、一応法を学問として齧った人間としては、論理的な面で違和感を覚えますので。
そして、感情面で言えば「恩に着せて許す、という上から目線の語感の響きが嫌らしい。」というのが、全く同感。基本的に「強者に対して反発を覚える性質の人間。」なので、余計にそう思います。
「末端公務員の雑用を増やすだけ。」、此の点は頭から抜け落ちていましたけれど、確かにそうですよね。多くが意義を感じる様な恩赦ならば別ですが、記事でも書いた様に「政治家の政治家による政治家の為の恩赦制度」的な事案が多いのは、雑用を増やすだけと言っても良いし。
でも、今の日本国憲法下では“主権在民”、即ち国民が主権者で、政府は国民によって選ばれるわけですし、天皇は象徴で、権力者ではありません。つまりは、国の実態からして、恩赦を下す権力者はそもそもいないのです。
それで実際の恩赦対象が「70%以上が公職選挙法違反の事案だった」だなんて呆れますね。「選挙違反してもどうせ恩赦で罪は免れるから、違反やったもん勝ち」と政治家たちが自分たちの都合のよいように乱用してるのが実態であれば、むしろ悪用されてるわけですね。
罪を犯した人間は、ちゃんと刑期一杯まで務めを果たし、罪を償ってから世に出るのが当然でしょう。
というわけで、私も恩赦制度には反対に一票入れます。
ただwikipediaで調べていて面白い実例を見つけました。
「2017年、オーストラリア政府は不法所持されている銃器の一掃を行うため、同年7月-9月の間に銃器を提出すれば罪に問わないとする恩赦を発表。3カ月の間に、5万7000丁を超える銃を収集する成果を上げた」…
こういう使い方は面白いですね。例えば暴力団などが不法所持している銃刀、あるいは麻薬類を特定期間内に持参して出頭すれば、罪を免除する、もし差し出さなかったら、期間終了後徹底捜索して厳罰に処す、という恩赦をやれば、捜査の手間も省けるし、かなり成果が上がるのではないでしょうか。こういう恩赦であればやってもいいと思います。
先ず、恩に着せて許す、という上から目線の語感の響きが嫌らしい(苦笑)。
次に、内閣(行政)の判断で、司法の領分に手を突っ込むというのが三権分立に抵触する気がして、違和感あり。
被害者感情が無いか軽い微罪にのみ適応するなら、というのは妥当かと思われますが、そのような犯罪の場合すでに執行猶予が付くなど、そもそも恩赦の恩恵がほとんどないうえ、それを選別する手間を考えると、末端公務員の雑用を増やすだけのようにも思いますが、いかがでしょうか。
「邪悪な犯罪者が、減刑されるのには反対です。」及び「恩赦が施行されるべきは、社会的弱者や政治・思想的なマイノリティ。」というのは、全く同感です。そういう形で在れば良いのですが、記事でも書きました様に、前回の恩赦では「政治家の政治家による政治家の為の恩赦制度。」となってしまっている所に問題が在るでしょうね。
恩赦が施行されるべきは、社会的弱者や政治・思想的なマイノリティで、孤独から万引きをするような高齢者や、貧困な環境にあった人は、対象にすべきと思いますが、それ以外の、快楽や欲望の為の事件は、除外すべきでしょうね。
恩赦は天皇家の遺産でもあって、平安時代、源平の時代には、政治犯であっても、敵対派閥が内部崩壊して、求心力を失うと、復権する事が多かったそうです。これを現代に置き換えても、意味はないかも知れませんが、政権としては、外交に関わる朝鮮系の政治犯が恩恵を受けるかも知れませんね。北朝鮮との氷解という事で、意義はあると思います。