日本語をとらえる言語観によって日本語を記述すると、その立場はいくつか分けられる。もっとも普遍的なのは共時による。その一方で、通時における日本語の歴史は日本語の見方で変わる。そこに言語の視点を入れれば固有語という流れをどう見るかで、日本語の記述説明は異なる。すなわち、固有語に対しての借用語は日本語においていわゆる外来語であるかということがある。固有語という言語が歴史によって現れるのは、まさに歴史事実としての文献記録によるかどうか、その文字を仮名として表された日本語を見てそれを日本語とする記述は音韻による。日本語の音韻は、しかし、漢語漢字の発音によって表記を工夫し整理してきている。固有語と借用語を日本語としたという日本語の歴史を考えると外来語はそのままに借用語のひとつである。漢字における音韻をも日本語の音韻としているから、その立場をもてば、日本語の歴史は漢字漢語、かな文字による言語の記録を資料とすることができるということになる。 . . . 本文を読む
日本国の言語、そこにある公用語を日本語とするか、それを国語とした時代が近代のひとときにあるから、その時代をとらえれば、国語から日本語への歴史立場の転換をふまえて、日本語史を記述する。その国語を和語との対比でみれば、国語には漢語を含みうる、となると、それにはさらに、外来語をくくって、日本語の歴史は、国語の歴史に、和語の歴史、漢語の歴史、外来語の歴史を見ることになる。それぞれには、国語国字、和語和字、漢語漢字、そして外国語とカタカナという、歴史記述の画期を見ることになる。すなわち日本語を俯瞰すれば現代までに、近代の明治期、その歴史変換を見せる江戸期、古代の言語状況と日本語の表記という要点がある。 . . . 本文を読む
日本語が時代の画期を迎えたのは、書き言葉から話しことばへとシフトしたとき、現代では、漢字カタカナ交じりに書かれていた大日本帝国憲法が日本国憲法にかわったときだと説明できる。それは、漢字と平仮名交じりの書き方が主流となる始まりであるから、大きな契機であると言える。ひらがなで書けば話し言葉になるのかというのは、現代語を書く音表記には、平仮名と片仮名の使い分けが生じてきているので、その変化をとらえていけば、1945年以前の憲法に現れるような、漢字とカタカナ交じりの書き方は、漢文訓読の表記を受け継いできたからだということになる。それは近代明治以降に顕著になることであるが、日本語のモデルを欧州からの言語影響に作り出そうとする動きに、そうなればなるほどに、日本語文章のスタイルがとらえらえていたことになって、一方で起こる言文一致のうんどうに話し言葉の意識はその対比を鮮明にした。書き言葉が日本語を作り上げてきたプロセスが近代にクローズアップされる。 . . . 本文を読む
中世後期から近世への日本語の歴史について、1333年から1603年まで270年間を見る。民衆が歴史の表舞台に登場と解説する。また、キリシタン資料としての記録が残された時代である。外国語との接触として、特徴づけるのは、宣教師によって、京の話し言葉が採取されたか、辞書が編纂されたことがある。古代語からの脱却の時代と見ている。文字表記にポルトガル語のローマ字が記録されたので、仮名文字の発音の音韻としての分析が、漢字音から広がりを見せる。漢字語彙などに時代の変化による趨勢が現れる。全史の視点では、著者は、天草本イソップ物語に口語の全容を見るとする。伊曾保である。 . . . 本文を読む
古代を読み、中世に進める。時期は1086年から1033年まで、中世前期として、古代語が完成されたものから崩れ始めるとという視点をもってする。話し言葉を見る歴史の立場は、文献に見えた話しことばの現象をとらえるというもので、文献にちょっとした不注意から口語が混ざるという。それを日本語の変遷と見る。あくまでも文語を古典語として規範とする。書かれた文章から話し言葉の要素を見い出すというわけであるが、作業仮説としての文献による日本語である。 . . . 本文を読む
国語史には文献学がある、日本語史には話しことばの歴史がある、いま読む、まなぶひとのためにと、全史を記述する、それぞれの立場である。国語学が文献実証をとなえれば国語史は資料に詳しい。日本語学が言語学を標榜すれば日本語史は共時論を行う。その違いには時間軸の取り方がある。国語史は時間を上がって、そこから見ようとする、記述立場になる。通時論を時間に下って記述している。それは文献の時間軸である。それに対して日本語史は時間を上りも下がりもしない。その時代の共時論を行うからであるが、そこには全史に見るように、日本語の形成、古典語の成立と崩壊というように、その現在時には、現代の時間からとらえた基準をもって記述説明がある。日本語全史が読みづらくなるとするなら、例えば、音素による音韻の説明がいまもって、日本語になじまないからである。記述言語に用いる仮名文字、漢字である限りは、わたしたちの持つ音韻観念をもって言語をまずはとらえるとよい。 . . . 本文を読む
文体史は文章体にある、それは文章表記体に見る歴史であると国語学の泰斗は言い、国語の静態を指摘した。文体史が文章表記史にあるのは、日本語の歴史に見る特異な現象である。当初は書記としての見方であったが、それを表記行動に写してみるなら、表記の選択には言語の担い手にある想像、創造による作業があったのである。静態に見る規範は必ずしも動態の規範を制約するものではない。表記主体の文体の選択はいつの時代にも言語にある意思の表れである。通史を現在からみるか、時間をさかのぼる、その時点から始めるか、それは出来事による起点でもあるが、その立場によって記述はことなってくることがあるだろう。表記史に漢文か、和文か、あるいは真名文か、仮名文か、それは書記された結果による分類でしかないから、和化漢文の実態を明らかにするのは、漢文と日本文の経過をみるに過ぎなくなり、そこに起こった言語現象の価値判断は困難である。個々の意思に解釈が施されることになるからである。 . . . 本文を読む
国語史を学ぶ人のために、文体史を読む。編者はよく知る人である、その国語学という分野、はしがきともはじめにとも書かず、冒頭に置く一文の主張は、これまたよくわかるところである。いわく母国語を外国語と同列に扱う国に、どんな未来が待っているのだろうか、という言は、変わりない様子によると思いをいたすところ、これをその主張でいわく、総合された国語学を、言語学の一部分であると誤解し、国文学から分離させる傾向が強くなっている(中略)その研究分野は、言語学の下位におとしめられ云々と、その文に書いているのは、面目を髣髴とさせるに十分なまっとうさであるが、その編者による章、第7章である。これを読んだのは、この書の成立を2005年から13年までに遅くさせた難しい文体史の歴史記述にああったのである。いまから4年になるが、このシリーズの刊行時に同様にとらえることはなかったのだが、日本語史を考えると時間の経過が感じられる。国語史の困難さは表記、文体に通史をえがくことにある。それは、これからもかわることはない。 . . . 本文を読む
全史一冊本の総ページ数は、あとがきまで、433頁あり、うち第2章の終わりまで、177ぺージを割いている、5分の2を占めて古代語の完成を記述する。通読していて、話し言葉の歴史という視点と、加えて、古代語を古典語とする規範の考え方である。古代語が何かは、その章における捉え方である文語になる。文語を文章語に取ると、この立場は和歌、物語を話し言葉によるものとするという著者の見方からすれば、近代以降に文語と . . . 本文を読む
沖森 卓也 著、ちくま新書、435頁ある。登録情報 新書: 446ページ 出版社: 筑摩書房 (2017/4/5) 言語: 日本語
さっそく読み始める。文献資料に一籌を輸する 13頁 と、難しい表現があった。籌は、勝負を争うときの得点を数える道具のこと、それを相手に渡す、という意味である。数取り一つだけ負けるわけだから、そこから、意味内容が、劣る、譲る、となる。いっちゅうをしゅする ともある。解 . . . 本文を読む