伊勢国、志摩国、伊賀国からなる地域である。令制国とすると、奈良時代から明治初期まで1000年以上にわたる日本の地理的区分の基本単位だったという。律令制である。>令制国の行政機関を国衙(こくが)または国庁(こくちょう)といい、国衙の所在地や国衙を中心とする都市域を国府(こくふ)といった。また、国府は府中と呼ばれることもあった。令制国という語は、20世紀末に用いられ、用語としては、1970年代から使用例が現れると見える。>多くの令制国が確実に成立したと言えるのは、大宝元年(701年)に制定された大宝律令からである。故に、令制国の成立時期は早ければ大化元年(645年)、遅ければ大宝元年(701年)となる。平安時代の延喜式に、令制国の郡の個数、国力による分類、大国、上国、中国、下国と、都からの距離による分類、畿内、近国、中国、遠国が行われていて、伊勢国は近国、大国である。伊賀国は志摩国とともに下国である。。 . . . 本文を読む