蓮舫さんが、堀米雄斗選手の金メダル獲得について、「 素晴らしいです! ワクワクしました!」 と twit したら、「東京オリ・パラの中止を主張していたのに、ダブルスタンダードだ!」という批判が殺到したらしい。しかし、これは批判する方がおかしい。オリンピックは愚劣だが、スポーツは素晴らしいというだけのこと。競技に人生を賭けてきた選手の健闘に感動するのはとうぜんのことで、それはダブルスタンダードでも何でもない。第一、オリ・パラ実施のためには莫大な資金が投ぜられているが、その一部には蓮舫さんの納めた税金も使われている。日本国民なら誰もが競技を見て楽しむ権利がある。
テレビをつけるとオリンピック一色で金メダルラッシュに沸いているが、それほどめでたいことばかりでもないということは心にとどめておく必要がある。次の記事を読んでみて欲しい。
はっきりと「日本は嘘をついた」と指摘されている。日本国民の一部の人はオリンピックを自国で開催することを名誉なことと考えているのかも知れないが、「嘘をつく」ことは金メダルをいくら獲得しても埋め合わせることのできないほど不名誉なことである。それに嘘はそれだけではない。福島原発事故の影響懸念する外国に対し、安倍前首相は「under control」と明言したが、今になって汚染水の海洋投棄せざるを得ないような状態になっている。それだけではない。こともあろうに国民の税金をオリンピック誘致のための賄賂に使った疑惑で、当時のJOC竹田会長はフランス当局の捜査対象になっている。なぜ、それほど自国開催にこだわったのだろう? オリンピックの理念に共鳴したから? まあ、それだけはないだろう。オリンピック誘致にかかわった人々にかけていたものを一つ上げるとしたら、それは「オリンピックの理念」に他ならない。
エンブレム決定にまつわるトラブル、組織委員会会長の女性蔑視発言、作曲家のいじめ自慢問題、開会式ディレクターの「ユダヤ虐殺ごっこ」発言問題、これらの全ては理念の欠如と考えればつじつまが合う。
折も折、新型コロナがまだ猛威をふるっている。老人のワクチン接種が進んだので、重症者は減少していると政治家は言うが、自宅療養者は7月21日時点で全国で1万人超となり、すごい勢いで増加している。自宅療養だと悪化しても手当てが行き届かない場合もあるし、重症化しても入院割り当てがスムースにできないとそのまま死亡するというケースも出てくる。普段でも毎日日本では数千人単位の人が死んでいるのだから、コロナ患者が一日に数十人死ぬくらいのことは大したことないという考えがあるのかも知れない。現に、米国や英国に比べれば、日本におけるコロナによる死亡者は圧倒的に少ない。しかし、私はそのような割り切り方には反対である。助かる可能性がある人にはできるだけのことをしてあげる、それが基本だと思う。余分なこと(オリンピックのことである)やっていて、病気の人が死んでいくのを傍観するべきではないと思う。
昨日(7/28)、東京都の感染者数が3千人を超えた。それに関して官邸側は「本日はお答えする内容がない」といったと伝えられている。「内容がない」というのは考えていないからだろう。もし、東京都の感染者数が1日に1万人を超えたらどうする? 行政の最高責任者なら、そういう事態にも備えておかなければならないはずなのに、おそらく思考停止に陥っている。政治家は政策に対して常に説明責任を負っている、その事を理解しておられないのなら、菅さんはとっとと首相の職を辞すべきである。
そして、テレビの前で日本選手の活躍に歓声を上げている人々には、日本でオリンピックを開催することの意義はなんであったかということを考えていただきたいと思っている。
今日は久しぶりに吉野家の牛丼を食べた。うまかった。