1.「風雲家族」の源流川沙
1890年から2004年まで宋家家族はこの地で過ごしました。
2.家族写真
いつ頃の撮影でしょうか、唯一残る家族全員の写真だそうです。
1917年に長男子文と三女美齢が米国留学から帰国した直後でしょうか、父嘉樹は翌1918年に亡くなっています。
最前列の男子は1906年生まれの三男「宋子安」、1928年に米国ハーバード大を卒業。政治活動は行わなかった。
二列目左が1889年生まれの長女「宋靄齢:Ailing」。14歳でアメリカに留学、1910年帰国後孫文の秘書となる。1914年に横浜で孔祥熙と結婚。
中央が1894年生まれの長男「宋子文」。米国留学博士号取得、1917年帰国、1923年に孫文の英文秘書、政治家、外交家、金融家、国民党政権時財政部長。
右が1893年生まれの次女「宋慶齢」、15歳でアメリカ留学1913年に帰国。結婚した姐靄齢の後任として孫文の秘書となる。
両親の反対を押し切り1915年に孫文と東京で結婚。新中国建国後、中央人民政府副主席。
三列目左が1866年生まれ父「宋嘉樹」、12歳で母方の伯父を頼り渡米するが16歳で家出。
放浪の末キリスト教徒となり神学校に進学、牧師の資格を取得。
当時、米国での中国人労働者迫害の惨状を目撃し強大な祖国が必要と痛感、民主革命思想を母国に目覚めさせるために帰国を決意したとされる。
1886年に上海で宣教活動を始め、1897年に「倪桂珍」と結婚。
右が母「倪桂珍」、1869年生まれ。17歳で上海裨文女子中学卒業後教師を務める。明代の大科学者、上海の地名「徐家匯」のもとともなっている徐光敬の末裔とされる。
最後列左男子が1899年生まれの次男「宋子良」。アメリカ留学後、中国国貨银行総経理などを歴任。
右が1897年生まれ三女「宋美齢」、1910年米国留学、1917年帰国。1927年蒋介石と結婚。英語以外に六か国語を操り、ピアノの演奏も相当だった。米国で他界、享年106歳。
3.当時の宣教活動が描かれています。
4.家族が暮らした部屋。
5.壁には十字架が架けられています。
やはり、宋慶齢の展示が中心となっています。
6.思い出の写真。
左は母と三姉妹。中央は母と宋慶齢。右は中西女塾時代の宋慶齢。
7.家族が暮らした南側の2階の部屋。
幼い兄弟姉妹たちはこの窓から往来を眺めたことでしょう。
8.新川路
兄弟姉妹たちが眺めた通りも当時とはすっかり変わったでしょうね。
撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS
1890年から2004年まで宋家家族はこの地で過ごしました。
2.家族写真
いつ頃の撮影でしょうか、唯一残る家族全員の写真だそうです。
1917年に長男子文と三女美齢が米国留学から帰国した直後でしょうか、父嘉樹は翌1918年に亡くなっています。
最前列の男子は1906年生まれの三男「宋子安」、1928年に米国ハーバード大を卒業。政治活動は行わなかった。
二列目左が1889年生まれの長女「宋靄齢:Ailing」。14歳でアメリカに留学、1910年帰国後孫文の秘書となる。1914年に横浜で孔祥熙と結婚。
中央が1894年生まれの長男「宋子文」。米国留学博士号取得、1917年帰国、1923年に孫文の英文秘書、政治家、外交家、金融家、国民党政権時財政部長。
右が1893年生まれの次女「宋慶齢」、15歳でアメリカ留学1913年に帰国。結婚した姐靄齢の後任として孫文の秘書となる。
両親の反対を押し切り1915年に孫文と東京で結婚。新中国建国後、中央人民政府副主席。
三列目左が1866年生まれ父「宋嘉樹」、12歳で母方の伯父を頼り渡米するが16歳で家出。
放浪の末キリスト教徒となり神学校に進学、牧師の資格を取得。
当時、米国での中国人労働者迫害の惨状を目撃し強大な祖国が必要と痛感、民主革命思想を母国に目覚めさせるために帰国を決意したとされる。
1886年に上海で宣教活動を始め、1897年に「倪桂珍」と結婚。
右が母「倪桂珍」、1869年生まれ。17歳で上海裨文女子中学卒業後教師を務める。明代の大科学者、上海の地名「徐家匯」のもとともなっている徐光敬の末裔とされる。
最後列左男子が1899年生まれの次男「宋子良」。アメリカ留学後、中国国貨银行総経理などを歴任。
右が1897年生まれ三女「宋美齢」、1910年米国留学、1917年帰国。1927年蒋介石と結婚。英語以外に六か国語を操り、ピアノの演奏も相当だった。米国で他界、享年106歳。
3.当時の宣教活動が描かれています。
4.家族が暮らした部屋。
5.壁には十字架が架けられています。
やはり、宋慶齢の展示が中心となっています。
6.思い出の写真。
左は母と三姉妹。中央は母と宋慶齢。右は中西女塾時代の宋慶齢。
7.家族が暮らした南側の2階の部屋。
幼い兄弟姉妹たちはこの窓から往来を眺めたことでしょう。
8.新川路
兄弟姉妹たちが眺めた通りも当時とはすっかり変わったでしょうね。
撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS