現代俳句選抄

ご恵贈頂いた書誌から、五島高資が感銘した俳句などを紹介しています。

長谷川櫂・句集『太陽の門』青磁社

2021-09-14 | 小説

かすてらを切るや薔薇の芽みな動く  長谷川櫂

 吉野山

咲きみちて花におぼるる桜かな  同

花びらや今はしづかにものの上  同

滅びゆく宋を逃れて昼寝かな  同

 PET検査

さみだれや人体青く発光す  同

振り返りみれば巨大な蟻地獄  同

さまざまの月みてきしがけふの月  同

口を出でて言葉さすらふ枯野かな  同

ほころびて唇となる椿かな  同

ひるがへり水に隠るる金魚かな  同

月に寝るここちこそすれ月の山  同

その中の光のもるる胡桃かな  同

富士山のどこを切つても春の水  同

マスクして人間の顔忘れけり  同

龍の骨月の光に埋もれけり  同

揺れながら魂ねむる古酒(くーす)かな  同

 


「香天」2016年4月号

2016-04-06 | 小説

限りなくひとりになりし竜の玉  岡田耕治

高野山に帰る人ある寒気かな  同

白梅に来て耳鳴を取りもどす  同

コンピュータ開くと草の青みけり  同

閉校の近づいている桜かな  同

「ギャラリー」および「俳句鑑賞三六五」では、拙句をお取り上げ頂き心よりお礼申し上げます。


『月の子』石月正広・幻冬舎

2014-09-28 | 小説

石月正広著『月の子』は、近世における江戸山形屋吉兵衛開版『死霊解脱物語聞書』の実録と史実に基づいて書かれた特異な時代小説です。もっとも、そこに出て来る水死という異状死をモチーフにした伝承は、蛭子を流す『古事記』や入水自殺したとも伝えられる柿本人麻呂などの古い伝説へと溯ることが出来ます。傾く月あるいは欠けゆく月は、死の象徴であるとともにやがて再生する不死の象徴でもあります。もちろん、それは連続した肉体的生命の不老不死ではなく、死んで生まれ変わるという断続を経て魂がいかにして神へと昇華するかという問題と関わることになります。それは蛭子信仰や客人信仰における神が海彼から来臨する所以でもあります。また、生死や美醜といった二項対立の世界を超克する日本人の高い精神性を改めて見直す契機をそこに求めることも出来ます。そういう意味で、『月の子』には、単なる怪奇的時代小説という枠を超えて私たちの魂に訴えかける感動を禁じ得ません。現代人が忘れかけている魂の在り方を問う格好の書と思います。