原石鼎の実相に迫る好著。数多くある石鼎の名句でも「頂上や殊に野菊の吹かれ居り」には特別な思いがあります。実は、二十年前に東吉野村を訪れた私は、まさに石鼎が掲句を詠んだ「鳥見霊畤伝承地」の山頂でたまたま野菊を発見しました。神武天皇が即位後はじめて天神を祀って御先祖に大孝を奉斎した所です。のちに石鼎は「金の日の吾を立たししは鳥見の神」と詠んでいます。日常を俳句に詠んでそこに神を捉える炯眼を石鼎が持っていた所以かもしれません。
また、石鼎著『言語學への出發 - 一考案としての言語に就いて』は、日本における言語学研究の先駆けであり、当時の西洋近代言語学と比肩されるべき価値があります。そこには古代文献史学のみならず医学・生理学、民俗学、あるいは地理学などパースペクティブな観点から、言語の音韻と意味との関係性が考究されています。今回、上梓された岩淵喜代子・評伝『二冊の「鹿火屋」原石鼎の憧憬』は、石鼎の俳句実作を通して、その詩的創造性の神髄に迫っており、たいへん貴重な考証を提供してくれます。まさに新しい俳句の地平を切り拓く現代俳人必読の書と思います。