韓国・文大統領が「オミクロン株」でピンチ、与党内の分断が深刻に
武藤正敏:元・在韓国特命全権大使
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国際・中国元駐韓大使・武藤正敏の「韓国ウォッチ」
2021.12.4 5:05
新型コロナウイルスの感染者の急拡大とオミクロン株の感染は韓国・文政権に致命的な打撃となりかねず、こうした中で与党内の分断が深刻化しつつある
文在寅大統領の就任後
進む韓国社会の分断
文在寅氏が大統領就任後に直ちに進めた「積弊の清算」では、「進歩」と呼ばれる革新系と保守系の分断を助長してきた。
貧富の格差はますます拡大し、持てる者と持たざる者が互いを侮辱し、軽蔑し、そして反目するようになった。
年齢層でも分断が広がり、若者の住宅購入、結婚、育児の夢を奪い、既存世代との反目を助長してきた。
ソウルと釜山市長選挙での与党の大敗が物語っている。
男性と女性の間でも、フェミニズム運動の是非をめぐり対立している。
経営者、労働組合も相互の利益のために協力する姿勢は見えず、対立を繰り返している。
司法や捜査機関も判事や検事の政治的性向で判決や捜査状況が左右されてきた。
そのため同様な事件で異なる判決が繰り返されている。
メディアも政治性向によって、その報道内容に大きな差が生じている。
こうした社会の分断の中でも、政権与党内の団結は固く、政策の失敗やスキャンダルがあってもお互いにかばい合い、反対派をたたくことで自己を正当化、独裁体制を確立し、
文在寅政権5年目となってもレームダック化を防いできた。
しかし、ここに来ての新規コロナ感染者の急拡大とオミクロン株の韓国内感染である。
韓国は既に冬季に入っている。新規のコロナ感染は増えるだろう。
そしていったんオミクロン株の感染が拡大し始めると、韓国政府にとって有効な対策は取りづらくなるだろう。
そうなれば文政権を支えてきたコロナ対策「K防疫」成功の神話は瓦解するだろう。
K防疫の失敗は、文政権に致命的な打撃を与えかねない。
その時に、与党「共に民主党」の次期大統領候補である李在明氏がどう動くか。
文大統領と運命を共にすることにはならず、与党内で文大統領派と李在明氏が対立分断されるような状況になっていくのではないか。
文政権の分断政治の結末は、文大統領と李在明氏の関係にも溝を作るのだろうか。
感染者数は過去最多
高まる医療崩壊リスク
文政権が先月1日から進めた段階的日常回復(ウィズコロナ)で1カ月間に新規のコロナ感染者は倍増。
2日の発表では5266人と1日に初めて5000人を突破してから2日連続で5000人を超え、過去最多となった。
これまでの最多感染者は先月24日発表の4115人だった。
重症患者も733人で前日の723人を10人上回り過去最多を記録した。
死者が増大しているのは医療体制が追い付かないからだとも言われている。
特に緊急の課題は医療崩壊をいかに最小限に食い止めるかである。
全国のコロナ重症者用病床は先月29日、1154床のうち906床が既に使用中(使用率78.5%)で、政府が「非常計画」の発動を検討する基準である75%を初めて超えた。
ソウル市に限れば91%であり、ソウル市の5大病院の重症者用病床で残っているのは8床のみである。
最悪の場合、12月末に重症者用病床が最大2000床まで必要になる可能性があるという。
これを受け、韓国政府はコロナ患者に在宅医療を原則として適用することにした。
しかし、専門家は「(これは)在宅治療ではなく事実上在宅監察という状況で、高齢患者は少し悪化するだけですぐに重症、死亡につながる恐れがある」と警戒している。
そうなれば重症病床のひっ迫はさらに深刻になり、誰の命を優先するかという選択肢しかなくなる恐れがある。
「K防疫成功」の国際的評価が失われる
韓国で1日の新規感染者が5000人を超え、過去最多を記録したことを海外メディアが一斉に報じた。
ロイターは
「隣国の日本は感染を抑制し、東京の新規感染者数を一けたにおさえているが、韓国は他の国々と同様に推移している」
「400人未満だった先月初めに比べ、急激な増加傾向にある」と報じた。
APは「保健の専門家らは、経済への影響を考えて先月に緩和された社会的距離確保の規制を、再び施行すべきだと主張した」と述べている。
K防疫成功に韓国国民が酔いしれたのは、これによって文大統領の国際的評価が高まり、韓国の国際的地位も高まったという高揚感が大きな要因となっていた。
しかし、新型コロナ感染の拡大に伴う苦しみに加え、韓国の国際的評価が失われることは文大統領に対する失望につながっていくだろう。
感染拡大を抑える
有効な手立てがない政府
韓国政府はK防疫に伴い、これまで飲食店に営業時間の短縮、入店人数の制限、客の個人情報確保・提供などさまざまな規制をかけてきた。
しかしその結果、コロナ以降1年6カ月で自営業者は66兆ウォン(約6.3兆円)を超える負債を抱え込み、1日平均1000店以上の店舗が廃業し、45万店以上が閉店したという。
京卿新聞の調査によると、韓国の飲食店が受けた政府の支援や補償は他の先進国の10~20分の1程度である。自営業者の苦痛はあまりにも長い期間放置されてきた。
新規感染者が過去最多を記録したにもかかわらず、政府は有効な対策を打ち出せていない。
規制を強化すれば、自営業者の廃業・倒産は一層増大するであろう。
しかし、社会的距離確保を進めなければ、新規感染者は一層増大し、日常の回復は一層遅れるであろう。
そこに来てのオミクロン株の世界各国への拡散である。
1日に行われた中央防災対策本部の説明によると、先月24日にナイジェリアから入国した40代夫婦ら3人がオミクロン株に感染していた。
これに先立ち、23日にナイジェリアから帰国し新型コロナ感染が確認されていた50代女性とその知人ら2人もオミクロン株に感染していた事実が追加で確認された。
さらに悪いことに40代夫婦がワクチン接種完了者だったため、移動制限を受けていなかった。それゆえ今後、地域社会への感染も懸念される。
李在明氏を悩ませる
文大統領との距離感
文大統領が誇ってきたK防疫の成果は、既に風化した。
残された事実は、文大統領が行ってきた政策はほぼすべて失敗だったということである。
李在明氏は、与党「共に民主党」の中では非文在寅派である。
大統領選挙に勝ち抜くためには親文在寅派の支持を得ることが不可欠である。
また、文大統領の支持率は一時下がったこともあったが、概ね40%前後を維持している。
このため、親文在寅派と離れることはあまり得策ではなかった。
他方、次期大統領選挙に勝つためには20代、30代や中間層の支持が欠かせない。
しかし、若者世代の支持は文大統領から離れてしまった。
中間層の人々も文政権に期待していた「公正さ」がむしろ遠のいたことから、革新系の文政権に失望し、支持が離れてしまった。
こうした状況下で文大統領と同一視されることは、李在明氏の選挙活動にとって有利に働くとは考えられない。
李在明氏にとって、文大統領との距離感をどう取っていくのかは難しい課題となっている。
李在明氏が
文大統領批判を強める理由
朝鮮日報は、「李在明氏、候補になった途端に態度が変わった」と題する記事を掲載した。
同紙は、李在明氏が文政権との違いを強調する選挙戦略について青瓦台は苦々しく感じているようだ、と報じている。
李在明氏はすべての国民を対象に25万~30万ウォン(約2万4000~2万9000円)の災害支援金を上乗せして支給するよう文政権に要求した。
ただ、この要求に対する支持が多くないことから短期間のうちにこの公約は撤回した。
また、若者を取り巻く問題についても、「私たちは彼らが感じている苦痛に本当に共感し、話を聞こうと切実に努力でもしたのだろうか。
最近は深く反省しつらく感じている」と述べ、現政権の政策を遠回しに批判した。
李在明氏は20代、30代に会って感じたこととして、このように若者の苦痛に言及した。
これは若者の支持を狙った発言だが、同時に文政権の政策を批判したものと受け取られている。
何事も自画自賛で反省しない文政権からすれば厳しい指摘だろう。
政府与党からは、大統領選挙に出馬した過去の候補者たちはほぼ例外なく任期末となった政権との違いを強調してきたという声が出ている。
その時の政治的状況によって、政権と政策面で距離を置く候補者から、レームダック化した大統領と対立する候補者までさまざまだ。
朴槿恵(パク・クネ)氏は李明博(イ・ミョンバク)大統領に離党を求めなかったものの、それ以外の大統領は皆、政権の最終年に離党させられてきた。
文大統領は20代、30代の若者、中間層の支持を失った。
このため李在明氏としても、彼らの不満をそらすためには、文政権の政策とは差別化を図らざるを得ない。
しかし、そのことは親文在寅派が主流を占める「共に民主党」内部の結束を揺るがすことになる。
李在明氏の行動に対する親文在寅派の警戒心は高まっており、与党内の李在明氏への支持を揺るがす事態に発展する可能性もある。
李在明支持派による
相次ぐ差別発言
「共に民主党」の選挙対策委員会懸案対応タスクフォースの副団長を務める黄雲夏(ファン・ウンハ)議員は先月28日、最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補の支持者について、自らのフェイスブックに「ほとんど低学歴で貧困層、そして高齢層」と指摘し問題となった。
これに対し「共に民主党」の宋永吉(ソン・ヨンギル)代表は、「尹候補を支持する国民を批判し、訓戒するかのような姿勢は非常に傲慢(ごうまん)で危険な態度だ」と批判した。
さらに李在明氏の随行室長の韓俊鎬(ハン・ジュンホ)議員はフェイスブックに「2児の母キム・ヘギョン氏(李在明氏夫人)vsトリ(ペットの名前)の母キム・ゴンヒ氏(尹錫悦氏夫人)」と書き込み、問題となった。
『さまよえる韓国人』(WAC)
次期政権でも『さまよえる韓国人』は続くと解説した話題本。12月22日発売予定
野党「正義党」の張恵英(チャン・ヘヨン)議員は、「出産したかどうかで女性の優劣をつけるという性差別的な認識」と強く批判した。
選挙対策委員会関係者による相次ぐ差別的な言行について、「共に民主党」では「リベラル陣営が掲げる『政治的正しさ』の原則や道徳的価値が損なわれかねない」「有権者から『民主党は偽善』とみられるしかない」との懸念が持ち上がっている。
このように李在明氏の支持派に対しては、親文在寅派からの懸念が高まっている。
李在明氏ばかりではなく、その支持派からもポピュリスト的言動が目立っているが、それは「共に民主党」の主流派の意向にはそぐわないだろう。
今後、非文在寅派、親文在寅派は単に政策面のみならず、行動面からも対立は深まっていく可能性がある。
それは「共に民主党」内の分断を加速化させ、大統領選挙の行方にも影響を及ぼしかねない。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)