第百三段
(現代語訳)
後宇多法皇の御所、大覚寺殿において、近習の人たちが、なぞなぞを作って解いて遊んでいた。そこへ医師、丹波忠守(タダモリ)が参上すると、侍従大納言公明卿は、
「我が朝の 者とも見えぬ 忠守かな」
と、なぞなぞを出した。そして、
「唐瓶子(カラヘイジ)」
と解いて、近習の人たちで笑ひあうと、忠守は腹が立って、そこから退出した。
○
前回は、医師の和気篤成がでてきました。今回は丹波忠守です。
医者には二大名家に和気家と丹波家がありましたが、なぜそうなったのでしょう。
鎌倉、平安、奈良朝とさかのぼり、大宝律令が制定された当時は、医者を志すものは、読むべき医学書が指定されており、考試や修学の年月なども制度としてありました。勉強し、努力を積み重ね、試験に合格すれば、誰もが医者としてなんらかの地位につける可能性があったのです。
しかし、平安中期ころから、荘園が拡大するにつれ、官位の争奪は一種の権力闘争となり、典薬頭の官職は和気家と丹波家が世襲することになりました。そうして二大名家が確立したのです。
丹波家は、一説には後漢の霊帝にはじまり、その八世の孫孝日王が来朝し、帰化したと伝えられています。(『新撰姓氏録』)
その丹波家の忠守が、小馬鹿にされたのです。なぜでしょう。
西尾実・安良岡康作は、『新訂 徒然草』(岩波文庫)の中で、「唐瓶子」を、戦後に発見された東常縁の写本にならい、「唐医師」と解釈し、
忠守が帰化人の子孫でありながら、歌人、『源氏物語』の注釈家でもある、和漢にわたる二面性を認めて、「あなたは、ほんとうは、唐の医師ではないのですか」という意味をこめてからかったとすれば、「唐医師」こそ最も自然な解き方と考えられる。
と述べています。しかし、「唐医師」では話の流れがおかしいですね。
なぜなら、そのなぞなぞを「唐医師」と解いても、近習の人たちが笑い合うこともなければ、忠守がそこまで腹を立てることもなかったからです。
出身の差別などを考えて、こじつければ、そう解釈できないこともないのですが、ここは、やはり「唐瓶子」でよいのです。
ではなぜ、答えが「唐瓶子」だと、笑われて、腹を立てるのでしょう。
それは、忠守が斜視だったからです。
斜視とは、やぶにらみ、眇(スガメ)、とも呼ばれ、両目の視線が合ってなく、片目だけずれている状態のことです。事故や病気でなる人もいますが、そうではなく、単なる個性としてもよくあります。
有名人では、ジョン・F・ケネディや、エイブラハム・リンカーン大統領、文学では芥川竜之介の『杜子春』の眇の老人、司馬遼太郎の『胡蝶の夢』の主人公、島倉伊之助も斜視でした。
そして、平清盛の父であり、平氏(ヘイジ)ではじめて昇殿を許された平忠盛もそうでした。
菊池容斎『前賢故実』巻第六
平忠盛は鳥羽院の御前にて舞をした時、「伊勢瓶子(イセヘイジ)は、素瓶(酢瓶・スガメ)なりけり」と、人々からはやされました。
それは、忠盛の平氏の家系が伊勢に住んでいたため、その国の産の器、「瓶子」にことよせて「伊勢瓶子」と、また忠盛の斜視・眇を「素瓶(酢瓶)」にかけて、「伊勢平氏は、眇なりけり」と、からかわれたのです。
『年中行事絵巻』
そのため忠盛は気分を害し、御遊の途中で退出しましたが、控えていた平家貞にそのことを言うと、怒って殿上まで斬り上がろうとするため、「別のことなし」と答えました。
侍従大納言公明卿のなぞなぞは、この『平家物語』の一節をふまえているのです。
平忠盛は、地方から殿上にやってきた、身分も見た目も自分たちとは異なったものとして、公卿たちから小馬鹿にされました。
丹波忠守は、はるか昔に先祖が大和に帰化し、同じ殿上人として生活していたはずなのに、斜視であるという、自分ではどうしようもない見た目に触れられ、「唐の平氏」であると言われたのです。
忠守の怒りはここにあります。
外見的特徴をあげつらい、笑いの種にすることはいつの時代にもありました。
現在でも、子供や大人の中、学校、職場、テレビの中など、いたるところで見ることができますね。映画やジョークの中でも見られます。特に、頭髮の多寡、背の低さ、肥満など。
自分たちと異なる他人の特徴を指摘し、笑い合うことも人情です。しかし、そうしないこともまた人情です。
孔子は「おのれの欲せざるところ人に施すことなかれ」と言いました。キリストなら「自分のして欲しいことを人にもしてあげなさい」と言うでしょう。
言動は、常によく考えてから行動に移した方がよさそうですね。
(ムガク)
(原文)
大覚寺殿にて、近習の人ども、なぞなぞを作りて解かれける処へ、くすし忠守参りたりけるに、侍従大納言公明卿、「我が朝の者とも見えぬ忠守かな」と、なぞなぞにせられにけるを、「唐瓶子」と解きて笑ひあはれければ、腹立ちて退り出でにけり。
『徒然草』 慶長・元和年間
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