先月見舞った呉の叔母が亡くなり、葬儀に行っていました。
呉から帰ってきて日常を取り戻したこの日、地元テレビ局でやっていた田んぼアートを見に行きました。やって来たのは岐阜県恵那市の山岡です。
■田んぼアート
山岡に到着し、明知鉄道の山岡駅近くの踏切を渡ると、
案内の看板が見えてきました。右折して少し行くと駐車場があって、そこにin。
車から出ると、目の前に展望台の入口がありました。
さかんに鳴くヒグラシの声を聞きながら、山道をのぼって行くと、
頂上に、こんな看板が!
奥さん 「ほら、あそこ! マムシだって!!」
への次郎 「注意しないと、今年、広島の親戚の人がかまれたからね」
マムシに注意しながら、展望台までやって来ました。
立派な展望台をのぼってみると眼下に、
テレビで観たのと同じ光景が広がっていました。
奥さん 「この絵、何を描いてるんだろう」
への次郎 「何だろうね」
展望台に来ていた人達と雑談を交わし、情報を収集していたら、
ラッピング列車が走ってきて、パチリ。
展望台に来ていた人達の話によると、この絵は爪切地蔵(つめきりじぞう)と花火だそうです。この近くに爪切地蔵があって、毎年8月に奉納花火大会が行われるそうで、それを描いたものです。
■爪切地蔵
田んぼアートを鑑賞したあと、車で10分程度走って、爪切地蔵にやって来ました。
表に回ってみると、社が二つ。
左が爪切地蔵でした。
中を覗き込むと、
左に傾いた大きな石がありました。
への次郎 「石の表面に地蔵さんが刻まれているそうだよ」
奥さん 「下半身は見えるけど、お顔がよくわからないわ」
説明書きによると、描かれているのは地蔵菩薩像だそうです。伝承によると、鎌倉時代ここに草庵があって、あるとき一人の老僧(地元では弘法大師と考えられた)が訪れ、一夜の宿を借りた。翌朝、この老僧の姿はなく、一枚岩の地蔵菩薩像が傾いたまま立っていた。おそらく一夜のうちに爪で像は刻まれたのだろうと考え、爪切地蔵と名付けたと。
奥さん 「奉納花火大会は毎年、8月16日だって」
への次郎 「300年以上の歴史があるんだって、花火大会」
読み終えたあと地蔵さんに手を合わせ、周りを見たら、田んぼの稲が少し黄金色になっていました。稲穂には、飛び交う無数のトンボ。
季節は秋に変りつつりました。