たむたむの独り言

写真を中心にした情報です。

孫その2の七五三

2011-10-30 21:49:40 | Weblog

2011年10月29日(土)、来年1月に7歳になる孫その2の七五三のお祝い会に招かれ熊谷に行く。 今年小学校に入学してから彼女は急にボキャブラリーが豊かになってきた。 いつそんなに言葉を覚えたのかと驚かされる。 きょうは朝から日本髪を結うのと着付けとで2時間以上も動くことができず、その後の撮影で色々ポーズをとらされて、さすがに疲れ果てた様子だった。 しかし、その様子を見ていると、母親の七五三の時とそっくりである。 多分写真では見分けがつかないほどよく似ている。 まるで30年前の娘を見ているようだった。 不思議な感じである。 その後近くの神社にお参りをして昼すぎに帰宅する。 孫その2は帰るや否や、もうがまんできないと言わんばかりに着物をぬぎ棄ててしまった。 よほど息苦しかったのだろう、大きく息をついてやっと本来の笑顔になった。 孫たちの大きなイベントはこれで終わった。 あとは成人式だが、それまで見届けられるかどうか…。

〈やっと着付けも終わり記念写真の撮影に入るが、これも何種類ものシーンを撮られてだんだん不機嫌な表情になっていく。〉

〈近所の神社に神妙にお参りをする孫その2〉

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朝日山系金目川

2011-10-27 07:31:13 | Weblog

2011年10月26日(水)、朝日山系生態林保護地域の調査で昨日から山形県小国町の金目川上流域に来ている。 もう山の木は落葉してしまっているかと思ったが、幸いこの地域はまだ紅葉も残っていた。 昨日は一日中冷たい雨の中の作業ですごく寒かったが、今日は曇りがちながら、どうにか雨に降られることなく作業ができた。 調査地点までは道がなく、車を停めた林道から、蛇行する金目川を何回も渡りながら30分ほどかけて上流に遡って行かなければならない。 胴長をはいてやっと渡れるような場所も何ヶ所もあり、これ以上水位が上がると現場には行くことはできない。 作業中に雨がひどくなると戻れなくなる恐れがある。 

 現場は60~70年生のスギ林であるが、やっと育ったスギを今度は落葉広葉樹林に誘導するのが目的の調査である。 最近は国有林も生態系保護地域などの豊かな自然を保全していくような地域では、スギ林を落葉広葉樹が優占する天然林に近い植生に復元して行こうとしている。 であれば、現在のスギ林を伐採して収穫してから行えば良いのにと思うのだが、それをすると自然保護団体等がうるさいため、徐々に天然林に誘導していきたいというのが本音らしい。 どうせ最近は管理も行っていないのだから、放っておけば自然と落葉広葉樹林に変わっていくと思うのだが…。 だがしかし、我々は仕事だからありがたくやらせてもらっている。

〈冷たい雨が降る金目川。朝日連峰を源流として荒川に注ぎ日本海に流れる。〉

〈蛇行する川を何回も渡りながら上流に進む。〉

〈快晴なら紅葉がもっときれいだったのに残念!〉

〈調査対象地のスギ林。いい木を抜き切りして利用し、あとは放っておけば落葉広葉樹林に戻るだろう。〉

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新月伐採

2011-10-22 21:05:32 | Weblog

2011年10月22日(土)、新潟市で新月伐採にこだわっている材木屋がある。 今年の春、県産材のトレーサビリティの取材のため偶然伺った材木屋の社長が、20年ぶりくらいに会った昔からの知人であるのに驚いたことがあった。 彼が昔勤務していた県森連時代には、仕事で時々顔を合わせていたが、16年前に独立して木材の卸問屋を経営していたことは全く知らなかった。 しかも当社から車で5分とかからない近い場所に事務所があったのにもかかわらずである。 取材に訪れたのだが、ほとんど昔話に終始したことは言うまでもない。

 そのとき、彼がトレーサビリティの事例として渡してくれた資料の中に、「新月の木伐採証明書」というのがあった。 私は5、6年前に初めて「新月伐採」という言葉を聞いた。 新月の日に伐採した木は腐りにくく、虫もつきにくいということだった。 興味があったのでその後林業や木材関係者に聞いてみたがほとんど知る人はいなかった。 彼は「NPO法人新月の木国際協会新潟連絡所」という肩書きを持っていた。 「新月伐採」はオーストリアでは昔から常識のように言われていたらしい。 3、4年前にオーストリアのチロル地方に、木質バイオマスボイラーによる地域暖房システムの視察に行ったとき、ある農家民宿で、「この家は築400年で、新月伐採の木で造られたものだ」と聞かされた。科学的には解明されていないが、潮の満ち引きと生き物の営みについては多くの不思議な関係があることはよく知られている。 樹木も生物だから何かしらの影響があっても不思議はない。 学者たちは一般に否定的だが、科学で解明できないことがあった方が面白い。

 今日は、旧朝日村(現村上市)の約80年生のスギ林で新月伐採を行うから来てくれと言われ、新月伐採木であることを証明する「立会人」として参加した。 今日は胸高直径約40cm、樹高約33mのスギ10本に印をつけ、4本を伐採した。 これから約半年間「葉枯らし」を行って来年の5月頃搬出するという。 二度手間となるため当然価格は割高となる。 とはいっても、建築費の中で木材費の占める比率はそれほど高くはない。 丈夫で長持ちすれば決して高くはない。 しかし、それを保証するほどの根拠は乏しい。

 

〈間伐を請け負っている素材生産業者に委託して伐採してもらう。〉

〈30m以上のスギを他の木に当らないように切り倒すのは、さすがプロの仕事だ。〉

〈年輪を数えると70~80年であった、。〉

〈同心円状にバランスのとれた年輪が形成されていた。〉

〈このスギ林の間伐として一部新月伐採を実施してもらうことになった。 〉

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実習参加の学生全員が “ iPad ” を持参!

2011-10-18 07:30:08 | Weblog

2011年10月17日(月)、新潟大学農学部3年生を対象としたビオトープ計画と環境アセスメント演習という授業の実習の一部を、毎年この時期に手伝っている。 今年は森づくりの事例研究ということで当社が30数年前に計画し施工した北越工業の「ふるさとの森」を見学することになった。 最初に1時間ほどパワーポイントで、計画の概要と植栽を行う前の現場の写真などを紹介してから現地に向かった。 今年から学生たち全員が タブレット型コンピュータのiPadを持っている(大学がこの学科の学生全員に貸与している)。 文科省に申請した事業予算が認められ、その中で試験的に授業や実習にiPadを利用する試みを行っているという。 学生たちは、私が出がけに説明したパワーポイントのデータを全員があらかじめiPadにダウンロードして持参してきている。 現地で説明している時に、学生たちは30年前の写真をiPadで確認し現場でその変化を比較することができる。 確かに便利なツールである。 人に説明する時もページをめくるように画面を選択できるし拡大縮小もタッチパネルでワンタッチでできる。 これを授業に使うとなれば、授業の方法も全く変わってくるだろう。 この電子機器類の製品サイクルの速さには我々はとてもついていけない。 しかし、一方で「そのうち必ず使いこなしてやる!」という対抗意識もないわけではない。 この気持がなくなればいよいよ隠居しなければなるまい。

〈35人の学生たちを連れて、田んぼの埋め立て地から30年かけて出来上がった森の中を歩く。〉

〈iPadを見ながら30年前の状況を確認する学生たち。〉

〈30年前植えた小さな苗木が、今では大きいものでは直径が60㎝に達するまでになっている。〉

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新潟市食育・花育センター開館式

2011-10-15 12:57:01 | Weblog

2011年10月15日(土)、最初は新潟市の植物園ということでスタートしたが、計画が二転三転して当初計画から20年近く経ってようやく施設の一つがオープンした。 場所は鳥屋野潟公園、ビッグスワンや野球場、産業振興センター、市民病院などがある鳥屋野潟南部である。 新潟市の大合併を含めて周囲の状況が大きく変化した中で、何度も計画の見直しが行われた。 全体の完成はまだ1年半後である。 最終的には新潟の食や花を一体的に学ぶ場として、また地元の農産物や花卉生産のPRの場として、健康づくりやレクリエーションの場としてなど、何だかよくわからない多機能な施設群になりそうだ。 しかし、民活で行われる市場やレストランなど、一般市民が最も利用する施設やその運営方法などはまだ決まっていない。 この運営の方法如何によって、これらの施設が十分活かせるかどうかが決まる。 今回供用される施設の設計にも一部関わっていたので、工事関係者として開館式に招待された。 市長があいさつで述べた食育・花育に関する基本理念は賛成だが、それを具現化するための具体的な方策がこれから重要となる。  

〈今日オープンした食育・花育センターのアトリウム〉

〈今日はあいにく朝から雨降りとなった。〉

〈式典が行われたアトリウムの内部〉

〈アトリウムには集成材だが木が多く使われている。〉

〈アトリウムの他、情報展示、食の体験展示、花の相談、調理、図書などの各コーナーがある。〉

〈アトリウムに植えられている大きな木は、新潟には何のゆかりもない「シマトネリコ」。全く必然性を感じられない。地産の植物を扱う施設でなければまだしも、非常に違和感を感ずる。当社の設計と思われると困る。今回は建物とその内部展示には全く関わっていない。今回当社は外構や園地関係の設計だけであった。〉

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久しぶりに見た天日干しの稲

2011-10-15 11:26:55 | Weblog

2011年10月13日(木)、内閣府の地域活性化推進室を経由して派遣された食育に関する専門家との会議に参加するため、派遣依頼をしたNPOの活動拠点となっている新潟県魚沼市の旧福山小学校に出かけた。 ちょうどNPOが作っている魚沼コシヒカリの収穫が終わったところで、校庭にハザ架けされた稲が干してあった。 魚沼コシヒカリの天日干しされた米の美味さは、食べた人にしかわからない美味しさである。 もう30年くらい前になるが、旧守門村(現魚沼市)の民宿で食べた天日干しのコシヒカリは絶品であった。 おかずなんか何もなくても、ご飯自体が美味しくておかわりしたくなる。 NPOの話では、ほとんどが予約で東京に送られるという。 値段も10㎏で8,000円くらいらしいので、普通の米の2倍以上である。 確かに高いが、この味を知ってしまうと今までの米の評価が変わってくるに違いない。 しかし、違いが分かってもいつも食べられるわけではないので。 知らない方が幸せかもしれない。 今回の話にも出たが、食育では「子供たちに本物の味を教えることが大切だ」という。 フランスでは小学校で味覚に対する教育を徹底的に行っているらしい。 農業に誇りが持てる国は、子供の時から食にこだわりを持たせる教育をしているようだ。 日本での食育が一時のブームで終わってしまわなければよいが…。

〈旧校庭に天日干しされているハザ架けの稲。 なつかしい匂いがする。〉

〈この里山とハザ架けの風景は日本の原風景である。〉

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恒例行事となった秋の浅間山登山

2011-10-11 06:55:31 | Weblog

20011年10月9日(日)、4年前に仕事で浅間山に登った時、ちょうど休日だったので女房をアシスタントに連れて行った。 それ以来、彼女が浅間山に惚れ込んでしまい、その後毎年この連休を利用して浅間に登るのが恒例となった。 確かにいつも登っている豪雪地の新潟周辺の山々とは全く雰囲気が違う景観の山である。 活火山特有の地形・地質の影響で植生がまるで異なっている。  

 今年はこの連休中に仕事の緊急な会議が入ってしまったが、既に浅間山荘の予約は3か月前から取っていたし、この恒例登山をドタキャンすれば家庭内大噴火が起こることは必定。 直前に決まった会議の方をキャンセルして予定通り浅間に行くことにした。 それに今まで何回か登ったが、まだ山頂(といっても浅間本山の釜山2,568mは登山禁止なので、第2外輪山の前掛山2,524m)を極めていなかったため、今年はぜひとも山頂を目指すことにしていた。

 昨年までは自分で車を運転して行ったが、ついに今回は視力に自信がなくなり、息子に送ってもらうことになった。 登山に全く興味のない息子は、浅草山荘で我々を降ろすと、そそくさと帰って行った。 帰りは宿の人から小諸駅まで送ってもらって軽井沢から新幹線で帰る予定である。

 今年はいつまでも暑く夏が長かったため、期待していた紅葉はまだほど遠かったが、好天に恵まれて順調に登ることができた。 目標の前掛山へは予定より少し早く到着したが、お昼前から雲が湧きあがってきて残念ながら山頂からの眺望は効かなかった。 それはまた来年までのお預けとなった。 今年も火山館のオヤジに酒を届けた。 4年前に出会った浅間500回登山を目指していた人のことを尋ねると。「今日も午前中に来て行ったよ。もうすぐ65歳なので仕事がなくなれば毎日来ると言っていた。 迷惑だから来なくていいと言っているのだが…。」ということだった。 あの頃450回以上登っていたので、多分そのペースで登り続けていれば今頃は600回くらいになっているだろう。 もしかしたら山岳マラソンにでも出場しているのではないか? 多分同じ年くらいだと思うが、とても信じられない人がいるものだ!

 

〈一の鳥居。ここからいよいよ登山道にはいる。〉

〈二の鳥居。ここで最初の一服。〉

〈カモシカ平。数頭のカモシカを見たという登山者もいた。〉

〈火山館の手前で浅間の山頂が望める場所がある。〉

〈三の鳥居と火山館〉

〈森林限界あたりの低木状のカラマツが黄葉の見ごろとなっていた。〉

〈いよいよ前掛山山頂まであと少し〉

〈ついに前掛山に到着。正面に釜山のお釜が見える〉

〈浅間には多様な地形の山々が周囲をとりまいていて面白い〉

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森の復元力

2011-10-06 21:22:48 | Weblog

2011年10月6日(木)、これから林業を始めたいと言うグループに頼まれて調査している森林が新潟県関川村にある。 約300haの対象地にはスギ林やコナラを中心とする落葉広葉樹林の他に、数年前に皆伐されたものと現在伐採中の落葉広葉樹林がある。 今日は数年前に皆伐された伐採跡地の密生した落葉広葉樹低木林を調べた。 低木の樹高は1~3m程度でコナラ、カスミザクラ、ホオノキ、リョウブ、ヤマモミジ、オオバクロモジなどが40,000本/ha以上の高密度で密生していた。 ほとんどが1.5m前後なのだが、中に2.5~3mになって頭ひとつ抜き出ている樹種がある。 それは、コナラ、カスミザクラ、ホオノキである。 このまま手を加えなくてもあと10年もすればこの3種類が優占する落葉広葉樹林が成立するだろう。 ただし、伐採前には最も優占していたと思われるコナラは意外と少ない。 恐らく樹齢が高くなりすぎて萌芽更新ができなかった株があったのだろう。 それでも日本では山を丸裸にしても数年で隙間無く樹木で覆われる。 来月来日する東ゴビ砂漠のドルノゴビ県からの緑化技術研修生が見たらどう思うだろうか? この恵まれた日本で林業が成り立たないというのはどう考えても異常である。

〈伐採されたばかりの落葉広葉樹林〉

〈伐採後数週間で根元から次世代の新芽が伸び始めている。〉

〈3年で丸裸だった山腹が樹木で覆われるようになる。樹高は1~3mになっている。〉

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