たむたむの独り言

写真を中心にした情報です。

奥只見レクリエーション都市公園(大湯地域)の大湯公園

2011-11-28 20:35:39 | Weblog

2011年11月28日(月)、魚沼市の仕事で、久しぶりに大湯温泉のある旧湯之谷村を訪れた。 約束した時間よりかなり早く着いたので、以前当社が設計した奥只見レク都市公園の大湯地域にある大湯公園に行ってみた。 公園の木々は全て葉を落とし、先週降った雪が薄っすらと残っていた。 園路を歩いていると靴底を通して足の裏にプツプツと何かを踏みつける感触が伝わってくる。 よく見るとブナの球果であった。 拾い上げて中を確認してみると、ほとんどがしいな種子で、未熟のまま落下したものばかりだった。  このブナは公園に人工的に植栽されたものだが、今年は山のブナも豊作年と思っていたが、健全種子の結実は少なかったようである。 

 この公園にはロックガーデンがあり、特殊な植生が見られるように計画した。 何年前のことだったかはもう忘れたが、今年亡くなったTさんと現地を調査し、一緒に設計したことを懐かしく思い出した。 今では岩は苔むして、昔からそこにあった石のように自然に溶け込んでいた。 公園全体に、Tさんの筋書き通りの公園になっているような気がした。

〈薄っすらと雪が残る大湯公園〉

〈園路はブナの落ち葉と球果で覆われていた。〉

〈園路に落ちた、ほとんどがしいな種子だったブナの球果〉

〈周囲の自然に溶け込んでいるロックだーデンの石組み〉

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櫛形山568.0mからの初冬の朝日、飯豊連峰の眺めは素晴らしい

2011-11-27 20:14:47 | Weblog

2011年11月27日(日)、新潟県の下越地区に、日本海の海岸線に沿って平行に走る「日本一小さい山脈」がある。 その名を「櫛形山脈」といい、れっきとした国土地理院の地形図に記載されている山脈である。 日本海に注ぐ加治川と胎内川」との間に連なる全長約13.5km、平均標高が300m程度の低山帯である。 その最高峰が櫛形山で568.0mである。

 これまで、この櫛形山脈では大峰山399.5mには登ったことがあるが、櫛形山は初めてである。 今日は朝から穏やかな快晴となったため、きっと白く輝いている朝日や飯豊連峰を見ることができるはずと、急に思い立って出かけることにした。 この山脈には多様なアプ、ローチがあり、縦走路も整備されえいる。 今日は櫛形山への最短コースである大沢駐車場からの直登ルートを選んだ。

 登山口からはスギ林の中の急な階段を登り、尾根沿いのアカマツと雑木の林をしばらく登ると、やがてブナ林となる。 振り返ると落葉した樹幹越にクロマツの海岸林と日本海が俯瞰できる。 小一時間も登ると突然、飯豊山系の白い姿が目に飛び込んできた。 山頂で朝日連峰から飯豊連峰、二王子岳までの大パノラマを眺めながらおにぎりを食べた。 厚く積もった落葉を踏みしめ、時には滑って転びながら、登って来た道を40分ほどで駐車場まで下山した。 往復ちょうど2時間の行程であった。

〈林道から櫛形山への登山道に入る〉

〈山頂に近づくにつれて尾根付近はブナ林となる。〉

〈山頂に着くと飯豊連峰が目前に飛び込んできた。〉

〈朝日連峰は真っ白に輝いていた。〉

〈時々厚く積もった落葉に足をとられながらブナ林を下る。〉

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奥只見レクリエーション都市公園(浦佐地区)と池田記念美術館

2011-11-22 16:49:55 | Weblog

2011年11月22日(水)【2】、昼過ぎに六日町で打ち合わせを終えて外に出ると空は快晴であった。 新雪が積もった八海山が水面に映る「逆さ八海山」が見られるかも知れないと思い、帰りに浦佐の奥只見レク都市公園に久しぶりに寄ってみることにした。  今から十数年前から数年かけて、この公園全体と、公園内にある池田記念美術館やレストラン、ワイナリーなどの設計監理を当社が担当した。まだバブルがはじける前で、自治体にもまだ経済的余裕があった時代のことであtる。 今から考えれば、バブリーな施設と言えるかもしれない。 あの頃はいくつも大きなプロジェクトを手掛けていたなつかしい良き時代であった。 計画地から八海山系の眺望が良いことから、美術館を水辺に浮かばせ、そこから水に映る「逆さ八海山」を眺められるような計画にした。 今日は残念ながら、八海山に雲がかかっていたのと、水面に小さいさざ波が立っていたため、「逆さ八海山」を見ることはできなかった。 

〈残念ながら「逆さ八海山」は見ることができなかった。〉

〈空は快晴だったが、八海山の上だけ雲がかかっていた。〉

〈水辺に浮かぶ池田記念美術館。 この地域の出身であるベースボールマガジン社の社長だった池田氏の野球関係資料の寄託を受けて展示しているが、美術関係の企画展やミニコンサートなども行われている。〉

〈今は指定管理者が、色々なイベント等を計画しながら運営を行っているようである。〉

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ついに冬が来た!

2011-11-22 15:33:36 | Weblog

2011年11月22日(火)【1】、打ち合わせのため早朝新潟市を出発し、新潟県南魚沼市六日町に出かける。越後川口SA手前のトンネルを抜けると、一面の雪景色になっていた。 今年初めて平地で見た積雪である。 まだ魚沼地域で調査しなければならない現場が残っている。 根雪になることはないにしても、それはもう秒読み段階だ。 雪を掻き分けてやる覚悟をしておかねば…。 

 しかし、小出ICを過ぎる頃から道路脇の雪は少なくなり、六日町ICを降りる時には、平地の雪は全くなくなっていた。 この調子だと湯沢町も雪がないだろう。 今回の降雪は、津南~十日町~越後川口の信濃川流域に多く、湯沢や六日町、浦佐などの魚野川流域は少なかったようである。 津南、十日町地域は、今年3月12日に長野・新潟県境で起きた直下型大地震に続いて、その後も新潟・福島豪雨災害にも見舞われ、この冬さらに豪雪になると、まさに災害の集中攻撃である。 東日本大震災以後、続けて起こる多くの災害を目の当たりにすると、、「一体、どこに住めば安全なんだろう?」と考えてしまう。 地球が天変地異の多くなる周期に入っているのかも知れない。 とすれば、世界中でしばらくは大きな災害が続く恐れがある。 地球時間で考えれば1年や2年の話ではないので、しばらく気をつけていれば良いということにはならない。 やっかいな話である。

〈関越道越後川口付近は道路脇まで雪が積もっている。昨日スタッドレスタイヤに交換しておいてよかった。〉

〈小出ICを過ぎると、平地に雪はなくなった。〉

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国際交流の功績で県知事表彰を受けたOさんの祝賀会

2011-11-16 13:47:46 | Weblog

2011年11月15日(火)、先日、平成23年度の新潟県知事表彰を受けたOさんの祝賀会が、きょうイタリア軒で行われた。 Oさんは我々とともにNPO法人新潟県対外科学技術交流協会を22年前に立ち上げた時からのメンバーで、ずっと事務局を支えていただいている方である。 現在80歳を過ぎても矍鑠としておられ、副理事長として活躍されている。 今年も技術交流でモンゴルにも出かけられている。 誰もが彼の年齢を聞いて驚くくらい若々しい。 以前は中国やロシアに何度か一緒に行かせてもらったことがあるが、彼も私も酒がほとんど飲めないという弱点がある。 したがって、飲み会ではお互いにウーロン茶を注ぎ合ったりしている。 今日もほとんどの人はお祝いを言いにビールやお酒をつぎに行くが、私はウーロン茶を持って行った。 最近は引退をほのめかしておられるが、まだまだ当分は頑張っていただかなくてはならない、あとを継げる人はなかなかいない。 と、ここまで書いたところへOさん本人から電話がかかってきた。 「今、自治体国際化協会に出す申請書を書いているんだけど…。」 と、今週中に提出しなければならない国際技術交流活動の助成金申請の件での相談だった。 やはり彼がいないと事務処理が滞ってしまって困るのは明らかだ。  

〈お祝いの花束を受け取るOさん。 まだまだ元気でご活躍ください!〉

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朝焼けの美しい日はやはり雨になる

2011-11-11 20:48:57 | Weblog

2011年11月11日(金)、昨日は新潟県旧朝日村にある国有林の調査のため、「朝日みどりの里」のコテージに6人で泊まった。 いよいよあと10日後に迫った工期の、第4コーナーを回った直線のラストスパートという状況である。 幸い今年の秋は暖かく、山の現場もまだ初雪を見ていない。 しかし今朝は霜が降りて車の窓が凍っていた。 最近は日が短くなって、夕方は4時が現地調査の限界である。 今日は天気が悪くなる予報もあったので、6時には現場に向かうことにした。 出発の準備で外に出るとちょうど夜が明けて明るくなりつつあった。 やがて見る間に朝焼けとなり、東の方向に見える山々の上空が赤く染まってきた。 特に、越後富士とも呼ばれる鷲ヶ巣山(1093.3m)のシルエットが美しく浮かび上がっている。 

 早朝から作業を始めたおかげで、昼前には予定の作業を終えた。 その直後から雨が振り出し、やはり「朝焼けの日の天気は下り坂」と言われている通りになった。 晴れの日と雨の日とでは作業能率が全く違ってしまう。 早出のお陰でまさに危機一髪雨を免れた。

〈6時近くになって、これから向かう東の空がようやく明るくなり始めた。〉

〈富士の日の出のような景色となった鷲ヶ巣山の朝焼け〉

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別所温泉と小布施

2011-11-11 16:55:12 | Weblog

2011年11月9日(水)、毎年この時期、恒例となっている取引銀行の親睦会で、信州へ日帰り研修旅行に出かけた。 正直この時期に丸1日つぶされるのは厳しいが、副会長が懇親会の乾杯の音頭をとる慣習になっているためサボりづらい。 今年は信州の別所温泉と小布施である。 別所温泉は真田幸村が、ある女性と密会を重ねた場所とされている(小説の話だと思うが…)。 昔から真田幸村の生きざまが好きで、関連する本を読みあさったことがある。 なかなか彼の生きざまをまねることはできないが、幸村にあやかって別所温泉を密会の場として使うことには少々あこがれていた。  しかし、これまで残念ながらその機会はなく、したがって別所温泉には今まで来たことはなかった。 「ほんとうは銀行の親睦会などでは来たくなかったのだが、今後もそのような機会はありそうにないので仕方なく付き合うことにした。」と、支店長には言っておいた。 支店長も「今日は下見ということにして、まだまだ次回が本番ということで来ていただければ…。」と返してきた。

〈築140年という古い和風旅館だったが、落ち着いた前庭のある別館もあり、なかなか風情のある旅館である。〉

〈隣に「厄払い北向き観音」(南面する善光寺と向かい合い、北向きに鎮座して北斗星が隠れることのないように、いつも現世の人々を見守るとされている。)がある。〉

 

 別所温泉で昼食と休憩をとり、夕方小布施に寄る。 小布施は栗と北斎館で有名だが、街並み景観づくりでも先進的で有名なところである。 何度か来たことはあるが、今日初めて発見したことがある。 ちょうど中心部にある大型バスの駐車場や土産物を売る店が並ぶ広場にあるシンボルツリーの銘板が間違っていたことである。  遠目に見てもそれはメタセコイヤの樹形ではなく、ラクウショウであったのだが、解説板にはメタセコイヤとなっている。 葉は似ているが、つき方が対生と互生の違いがある。 両方とも大木となるが樹形も違う。 これが植えられてからずっとそうなっていたのだろう。 気にはなったが、植物園とは違うので取り立てて注意することもなかろうと思ってそのままにしておいた。  普通なら栗羊羹か何かを土産に買って帰るところだが、先日岐阜からの帰りに小布施PAに寄った時に売店で買ったので、今日は小布施の土産はやめにした。  そのかわりマロンソフトクリームを買って一足早くバスに戻って食べたが、これは結構イケる味だった。

〈かなり大木に育った広場のシンボルツリーだが…。〉

〈樹種名が間違っていた樹名板。これはメタセコイヤではなくラクウショウであった。〉

〈クリ材の舗装。園路や広場にはクリ材のピンコロを使った舗装があったが、今はほとんど石材や焼物製品にかわっているようだ。〉

 

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モンゴルの緑化技術研修生を受け入れ

2011-11-09 20:30:25 | Weblog

2011年11月6日(日)、今年3年目を迎えるモンゴル・東ゴビ砂漠の緑化技術協力の相手側の担当者3名を今年も新潟に迎えた。 昨夜は関係者が集まって歓迎会を行った。 今年は昨年より1ヶ月以上遅らせて、日程を紅葉の時期に合わせたが、今年の紅葉はどこもイマイチでパッとしない。 それに加えて天気もあまり良くない。 昨日は挿し木の技術を学ぶために、市内の園芸植物の生産業者にお願いして視察研修を受け入れてもらった。 

 来年からはJICAの事業で、3年間さらに技術協力を続ける予定である。 3年後には、植栽する苗木も地産地消できる体制に持って行きたいと考えている。 来年からは、苗木生産のための施設や、試験植栽を開始する計画である。 これまでは年一回だけの訪問だったが、来年からは年二回は行かなければならなくなるだろう。 私だけでなく日本側の担当技術者は皆日常の業務が多忙を極める中、時間のやりくりは非常に厳しい。 前回の中国とのJICA事業では、土日をほとんどつぶして何とか切り抜けたが、そろそろ体力的にも問題がある。 できるだけ若手に引き継ぎたいが、社内外を問わず専門技術者の数が少ない。 しかし、このままでは技術者の高齢化が進み、事業の継続やモニタリングができなくなる。 3年以内には何とかしなければならない。

〈昨夜は関係者が集まって歓迎会を開いた。〉

〈今日は夕方会社に寄ってもらい、森づくり手法の事例紹介を行った。1Fロビーの昆虫標本の展示を見る研修生。〉

〈7日は県国際課に表敬訪問〉

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自分が住んでいた家の場所が特定できない。

2011-11-07 18:07:49 | Weblog

2011113日(木)、昨夜は長良橋のたもとに昔からあった長良川温泉の旅館に泊まった。 昨日は岐阜市内に入ってから宿まで、新しい道ができていて昔と全く町の様子が違っていたため辿りつくのに苦労した。

 ほんとうは明るいうちに着いて、昔住んでいた家の跡まで散歩がてら行ってみようと思っていた。しかし、ナビが間違っていると思って信じなかったため道に迷ってしまい、宿に着いた時には暗くなってしまっていた。

 そこで今朝早く朝食前に出かけることにした。 町の様子は変わっていたが、昔バス通学していた時と同じバス停が同じ名前で同じ場所にあった。家はその並びで数軒先だったのだが、周りの家が変わってしまっていて、どこおが自分の家だった場所なのかがはっきり特定できない。 それ でも、現在駐車場になっている場所か隣の3階建ての新しい家のどちらかだろうと言うところまではわかった。 向かいにあった県職アパートも建て替えられて位置も変わっている。 しかし、近くの小学校と高校は建物は変わっていたが同じ場所にあったので間違いはないだろう。 ここを引き払ってから40年近くになる。 建物は変わっているが町の感じは昔とあまり変わっていない。

3040分かけて昔住んでいたあたりと、最初に通った小学校を回って宿に戻った。 あれから46年という月日が過ぎ去ったとはとても思われなかった。 隣のおばさんが今にもひょっこり家から出てくるのではないかと思われた。

ひと風呂浴びてから朝食を食べ、朝一番のロープウエイで金華山に登り岐阜城から市内を一望する。 長良橋と昨夜泊まった宿、昔住んでいた町内が眼下に見下ろすことができる。 鵜飼のシーズンは終わっていたが、こんな機会がなければ岐阜に来ることはなかっただろうと、友人も満足してくれたようだ。

 

〈岐阜城天守閣から眼下を流れる長良川と自分の住んでいた街を見下ろす。〉 

 〈岐阜市の市街地を流れる長良川は、今も昔と変わらず水が澄んでいた。〉

〈今は鉄筋コンクリートで復元されている岐阜城。斎藤道三や織田信長ゆかりの城である。高校時代は毎日この城を眺めながら通学していた。〉 

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高校の同窓会で岐阜市へ

2011-11-05 07:00:03 | Weblog

2011年11月2日(水)、今年の正月過ぎに高校の同級生から46年ぶりに同窓会への誘いの電話があった。 それと、以前から新潟の友人家族が、一度私の生まれ育ったところ(生まれたのは四国なのだが…。)を見てみたいと言っていたので、同窓会にかこつけて一緒に岐阜に出かけることにしていた。 

 今日は天気も良かったので、糸魚川から松本経由で安房トンネルを抜けて高山に出るコースをとることにした。 このトンネルができる前、環境アセスメントの調査でこのあたりの植生調査をしたことがある。 もう30年くらい経つだろうか? 安房峠を越えて行き来していた頃がなつかしい。 友人には一人で運転させて申し訳ないが、もう車の運転をあきらめた私にとっては乗せてもらって行けるのでありがたい。 

〈糸魚川から姫川沿いに遡って松本に向かうルートは北アルプスの眺めが素晴らしい。白馬駅前あたりから白馬岳を望む。この山はもう一度登ってみたい山である。〉

〈高山市の古い街並。 きょうは平日だがさすがに人通りは多い。〉

〈ここへ来ると、いつも入って一休みする古い町屋のコーヒーショップ。〉

〈いい匂いがしたので買ってみたが、味はイマイチだった「みたらし団子」。ほんとうのみたらし団子はもっとうまいはずなのだが…。〉

〈子供のころの遊び場だった長良川。正面に岐阜城がライトアップされている。〉

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