モールス音響通信

明治の初めから100年間、わが国の通信インフラであったモールス音響通信(有線・無線)の記録

有線通信職のころ

2016年01月09日 | 寄稿
◆寄稿者 高崎雄三

『百代』第2号に増田先輩の「去るもの疎し」というモールス通信の話しが載っている。それを読むと私も遠い昔を思い出してしまう。

わが又従兄は戦時中に船舶通信士だった。米軍機の銃撃で指を2本失ったが、戦後アマチュア無線局を開き、のこる指で器用に電鍵を叩いていた。その姿をみて私も無線通信士になろうと思ったのが電気通信との長いご縁の発端である。

鈴鹿学園の普電科を出て三重県内の小さな局に4年間勤めた。芭蕉が「山里はまんざいおそしうめの花」と詠んだ田舎である。モールス通信は津局との2重回線が1本だけ。少人数の職場なので15歳の私も6輪番に入って通信も電報受付もやった。ひとり宿直の夜は酔漢や変わった風体の人のご入来もあったが怖いとは思わなかった。

2重回線の向こう側の担当者が誰かはモールス信号のくせでほぼ分かる。津局には電信競技会で全国優勝した金メダリストが何人もいた。そんな豪傑が相手のときは、当方も受信途中で1度も聞き返すまいと、音響器に懸命に耳を澄ませた。聞き返さずに1時間も受信を続けていると、豪傑も気味わるくなって「生キテイルカ?」と聞いてくる。すかさず電鍵をちょんと叩いて、生きているあかしを示すのは、まことに心地よい。

普普科同期の美少女が相手のときは、姿はみえなくても心が浮きうきと弾んだ。通信中の喧嘩は日常のこと。職場の伝説では回線上の応酬だけでは終わらず、電車に乗って相手局にどなり込んだ事件もあったらしい。

近郊の郵便局との間は電話で「アサヒのア」などと読んで電報を送受した。どの郵便局も電報係はみな女性。相手が甘い声の女性のとき私はよく「誤謬」を起こした。電報の文字を間違えてお客さまに迷惑をかけることである。そんなとき始末書を書いて課長に出すだけでは済まない。局内の壁に「何某は○○郵便局の△△女との間で誤謬を起こした」と張り紙が出る。もっと別のあやまちを犯したような気分になってしまう。私は上司から「△△女の声は甘いが顔はみないほうがよい」と説教されたことがある。

さて電信競技会は有線通信職のオリンピックとして人気があった。私も三重県予選に出たが大局に圧倒されて敗退。モールス通信では勝ち目がない。そこで翌年は電報受付という種目に出た。15分間に10通の電報を扱って着信局を決め、料金計算をする競技である。

今度は県予選も地方大会も通過して東海代表となった。昭和29年秋の全国大会は大阪で開催され、私は父親の形見のチョッキを着て出場。運よく2位になった。津局や静岡局の金メダリストたちの活躍で東海チームは総合優勝した。古いアルバムを広げると優勝杯を囲む面々の写真の中に18歳の私がまぶしく見える。

そのころ私は理科少年から小説や詩や音楽がすきな青年に変貌しつつあった。無線従事者国家試験に独学で挑んで同じ昭和29年に1級無線通信士の資格を取ったが、無線屋になりたい意欲は失せていた。雑誌『電信電話』の投稿欄を毎号よく読んだ。魅力的な詩をノートに写して愛唱した。

時はすぎて昭和の終わりごろ地方から東京に転勤になった。新職場に凄いカラオケ名人がいた。その名前に覚えがある。『電信電話』の詩人に違いない。私は彼に「○○という詩の作者ではありませんか」とはずかしそうに聞いた。彼も私も詩を語る年齢をはるかに過ぎていた。

さて最近、50年前の全国電信競技会の出場者名簿を見つけた。そこで仰天。あの詩人が私と同じ種目に出場しているではないか。そうと気づいていたら、その話もできたのにと後悔している次第である。

◆寄稿者紹介
高崎 雄三 東京都 昭和11年(1936)~平成26年(2014)  
鈴鹿電気通信学園普通部電信科昭和26年(1951)卒  
・出典:逓信同窓会共済会支部 2004年記念文集P32

付記:
高崎さんとは、東海、九州と出身地は違ったが、若い時代、モールス通信を学んだのも、電信オペレータに従事したのも同じ時期たった。私を先輩と呼んでくれたのは、私の生まれが彼よりほんの少し早かったためだった。

彼とは、NTT退職後の職場が同じとなり、いつか暇になったらゆっくりモールス通信談義をしようと約束、楽しみにしていた。今回、その約束も思いだし、久しく疎遠となった互いの最近の様子も語り、ブログ寄稿も依頼しようと自宅に電話。帰らぬ人となっていることを知った。奥様は仕事中の長男の方とご相談の上、折り返し寄稿承諾の電話を下さった。彼の寄稿文をパソコンに向かってⅠ字ずつブログに入力。その作業の間、中学時代に彼も口ずさんだに違いないオールド ブラックジョーの歌声が、耳の奥で静かにいつまでも止まなかった。
我もゆかん はや老いたれば かすかに我を呼ぶ Old Black Joe。
Why do I weep when my heart should feel no pain? Why do I sigh ・・?



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