6年ぶりにカンパニー全員が来日したシュツットガルト・バレエ団の『オネーギン』の初日を鑑賞。このカンパニーでの『オネーギン』のフルヴァージョンを初めて観たのは2005年11月で、当時26歳のフリーデマン・フォーゲルは繊細なレンスキー役だった。今やすっかり主役のオネーギンが似合う成熟したダンサーとなり、ヒロインの妹オリガのイメージが残るエリサ・バデネスもタチヤーナを素晴らしく踊るようになった。
キャリアの円熟期に入ったとはいえ、美しく若々しいフリーデマンの姿に登場シーンから拍手が起こる。本ばかり読んでいた内向的なタチヤーナは、都会的な青年貴族オネーギンに一瞬で恋に堕ちるが、娘に一瞥をくれるときのオネーギンの眼光の鋭さに震えた。獲物の心臓に矢を放つような目で、視線を向けられた方はすっかり自由を奪われてしまう。バデネスが少し前とは別人のような顔つきで、聖女のようでもありしっとりとした大人の女性のようでもあった。ユルゲン・ローゼの美しい美術(先日の東京バレエ団のクランコ版『ロミオとジュリエット』でも魅了された)は厳かな色彩感で、屋内の暗い雰囲気もロシア風。サンクトペテルブルクの古いホテルがあんなふうだった。
外向的でチャーミングな妹オリガをアメリカ人ダンサー、マッケンジー・ブラウンが踊り、オリガの婚約者レンスキーをブラジル出身のガブリエル・フィゲレドが踊った。22歳と24歳の若い二人で、マッケンジーは全身から明るい光を放ち、技術面でも大変なテクニシャン。Gフィゲレドは13歳でクランコ・バレエ学校の校長先生にスカウトされ、クランコ作品を踊るために育てられたような人。レンスキーはチャイコフスキーのオペラではテノールだが、バレエのレンスキーもトスティの真面目な歌曲を歌っているような規律正しい踊りで、基礎的なポーズを厳密に見せていくが、それがとても初々しい。クールで冷笑的なオネーギンとのコントラストが強調されていく。
タチヤーナが鏡の中から飛び出してくるオネーギンと「相思相愛の」パ・ド・ドゥを踊る場面は何度見ても心を奪われる。この場面の振付はどうやって思いついたのだろう。華やかでアクロバティックで、現実のものではないようだ。軽やかにリフトされる女性ダンサーは宙に舞い上がった後、夢のように地上に滑り降りて、再び無重力空間にいるように持ち上げられる。いかに振付家が天才的であったとしても、この日常から切り離された動きが現実的な意識から生まれたとは思えない。タチヤーナは眠りの中で幻想を見るが、クランコもまた眠りから霊感を得ていたのではないか。ベジャール(クランコと同い年)と同様クランコも不眠症で、常備薬だった睡眠薬のアレルギーで飛行機の中で亡くなった。覚醒しすぎて眠れない体質だったのだろうが、睡眠時に溢れ出す無意識や霊感からヒントを得ていたのかも知れない。
マクミランの「マノン」の土台にプッチーニのオペラ「マノン・レスコー」があったように、クランコの「オネーギン」もチャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」を下敷きにして作られている。二つのバレエはオペラをそのまま使えなかったので、クランコはチャイコフスキーの小曲や様々な断片をパッチワークのように繋げてストーリーに沿うようにした。この手工芸的な技が、改めて凄いと思われた。タチヤーナの聖名祝日のパーティで使われる音楽は特に素晴らしく、貴族のうわべの遊びのような「サロン風ポルカ」に合わせて悪ふざけするオリガとオネーギンの踊りは、音楽の軽薄さも加わってレンスキーを苛立たせるのに十分なのだ。
オネーギンとの決闘前にレンスキーが踊るソロは、オペラの『わが青春の輝ける日々よ』を思い起こさせる。フィゲレドに取材したとき、オペラのアリアは聴いたことがないと語っていたが、死を意識した若者の孤独と絶望が無垢なオーラから感じられた。あのシーンは大変緊張するはずだ。決闘に勝ったオネーギンが顔を覆いながら崩れ落ちるシーンでは、フリーデマンの顔色も蒼白だった。毎回少しずつ演技が違っている。
ベテランダンサーであり振付家でもあるロマン・ノヴィツキーが演じたグレーミン公爵が格別の存在感だった。彼もオネーギン・ダンサーで、タフで繊細な悪役が堂に入っていたが、今のノヴィツキーがフリーデマンと並ぶと、シュツットガルト・バレエの宝物が輝いているように見える。若妻タチヤーナと踊るサンクトペテルブルクの夜会では、バスが歌う「恋は年齢を問わぬもの」が聴こえてくるようだった。外見と所作が、これ以上ないという理想的なグレーミンで、原作では傷痍軍人という設定だが、その傷跡まで衣裳の中に見えるようなたたずまいだった。
短い3幕でオネーギンとタチヤーナが再会する場面は、最後の物凄いハイライトで、このシーンのパ・ド・ドゥもアクロバティックの極致。それがすべて男女の情動を表している。バレエでしか表現できないエモーションで、チャイコフスキーの音楽も高揚する。机の前に座って無表情のままのタチヤーナは、かつて自分を拒絶し妹の婚約者をピストルで撃ったオネーギンを追い払おうと心の準備をしている。ところが、追われるように闇から現れた哀れなオネーギンが自分の隣にやってくると、こらえていたものが一気に爆発する。この男の哀れさはかつての自分の哀れさで、鏡で映したような手紙まで送りつけてきた。尊敬と哀れみという一見相容れない感情が入り混じると、狂気の恋になるのだ。
オネーギンは自分の分身であり、二人は元々ひとつの存在であった。情念に陥落する瞬間、髪の毛一本ほどの重さで理性の天秤が勝つ。オネーギンは泥棒のように走り去り、タチヤーナは一瞬追いかけて、舞台中央に戻ってくる。エリサは震えながら泣くラストだったが、あれはダンサーの自然な演技に任されているのだろうか。昔斎藤友桂理さんが演じたときは、涙ながらに「理性が勝った!」と片腕を上げる幕引きだった。
カンパニー全員のコンディションが素晴らしく、一幕で群舞の男女ペアが開脚でジャンプしながら舞台を縦横に横切っていく壮麗な場面は大きな見どころ。ヴォルフガング・ハインツ指揮東京シティ・フィルハーモニックもダイナミックで快活な演奏を聴かせた。初演は1965年でクランコ38歳の傑作。初演から59年後の上演も熱狂的なスタンディングオベーションが巻き起こった。
photo: Stuttgarter Ballett
キャリアの円熟期に入ったとはいえ、美しく若々しいフリーデマンの姿に登場シーンから拍手が起こる。本ばかり読んでいた内向的なタチヤーナは、都会的な青年貴族オネーギンに一瞬で恋に堕ちるが、娘に一瞥をくれるときのオネーギンの眼光の鋭さに震えた。獲物の心臓に矢を放つような目で、視線を向けられた方はすっかり自由を奪われてしまう。バデネスが少し前とは別人のような顔つきで、聖女のようでもありしっとりとした大人の女性のようでもあった。ユルゲン・ローゼの美しい美術(先日の東京バレエ団のクランコ版『ロミオとジュリエット』でも魅了された)は厳かな色彩感で、屋内の暗い雰囲気もロシア風。サンクトペテルブルクの古いホテルがあんなふうだった。
外向的でチャーミングな妹オリガをアメリカ人ダンサー、マッケンジー・ブラウンが踊り、オリガの婚約者レンスキーをブラジル出身のガブリエル・フィゲレドが踊った。22歳と24歳の若い二人で、マッケンジーは全身から明るい光を放ち、技術面でも大変なテクニシャン。Gフィゲレドは13歳でクランコ・バレエ学校の校長先生にスカウトされ、クランコ作品を踊るために育てられたような人。レンスキーはチャイコフスキーのオペラではテノールだが、バレエのレンスキーもトスティの真面目な歌曲を歌っているような規律正しい踊りで、基礎的なポーズを厳密に見せていくが、それがとても初々しい。クールで冷笑的なオネーギンとのコントラストが強調されていく。
タチヤーナが鏡の中から飛び出してくるオネーギンと「相思相愛の」パ・ド・ドゥを踊る場面は何度見ても心を奪われる。この場面の振付はどうやって思いついたのだろう。華やかでアクロバティックで、現実のものではないようだ。軽やかにリフトされる女性ダンサーは宙に舞い上がった後、夢のように地上に滑り降りて、再び無重力空間にいるように持ち上げられる。いかに振付家が天才的であったとしても、この日常から切り離された動きが現実的な意識から生まれたとは思えない。タチヤーナは眠りの中で幻想を見るが、クランコもまた眠りから霊感を得ていたのではないか。ベジャール(クランコと同い年)と同様クランコも不眠症で、常備薬だった睡眠薬のアレルギーで飛行機の中で亡くなった。覚醒しすぎて眠れない体質だったのだろうが、睡眠時に溢れ出す無意識や霊感からヒントを得ていたのかも知れない。
マクミランの「マノン」の土台にプッチーニのオペラ「マノン・レスコー」があったように、クランコの「オネーギン」もチャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」を下敷きにして作られている。二つのバレエはオペラをそのまま使えなかったので、クランコはチャイコフスキーの小曲や様々な断片をパッチワークのように繋げてストーリーに沿うようにした。この手工芸的な技が、改めて凄いと思われた。タチヤーナの聖名祝日のパーティで使われる音楽は特に素晴らしく、貴族のうわべの遊びのような「サロン風ポルカ」に合わせて悪ふざけするオリガとオネーギンの踊りは、音楽の軽薄さも加わってレンスキーを苛立たせるのに十分なのだ。
オネーギンとの決闘前にレンスキーが踊るソロは、オペラの『わが青春の輝ける日々よ』を思い起こさせる。フィゲレドに取材したとき、オペラのアリアは聴いたことがないと語っていたが、死を意識した若者の孤独と絶望が無垢なオーラから感じられた。あのシーンは大変緊張するはずだ。決闘に勝ったオネーギンが顔を覆いながら崩れ落ちるシーンでは、フリーデマンの顔色も蒼白だった。毎回少しずつ演技が違っている。
ベテランダンサーであり振付家でもあるロマン・ノヴィツキーが演じたグレーミン公爵が格別の存在感だった。彼もオネーギン・ダンサーで、タフで繊細な悪役が堂に入っていたが、今のノヴィツキーがフリーデマンと並ぶと、シュツットガルト・バレエの宝物が輝いているように見える。若妻タチヤーナと踊るサンクトペテルブルクの夜会では、バスが歌う「恋は年齢を問わぬもの」が聴こえてくるようだった。外見と所作が、これ以上ないという理想的なグレーミンで、原作では傷痍軍人という設定だが、その傷跡まで衣裳の中に見えるようなたたずまいだった。
短い3幕でオネーギンとタチヤーナが再会する場面は、最後の物凄いハイライトで、このシーンのパ・ド・ドゥもアクロバティックの極致。それがすべて男女の情動を表している。バレエでしか表現できないエモーションで、チャイコフスキーの音楽も高揚する。机の前に座って無表情のままのタチヤーナは、かつて自分を拒絶し妹の婚約者をピストルで撃ったオネーギンを追い払おうと心の準備をしている。ところが、追われるように闇から現れた哀れなオネーギンが自分の隣にやってくると、こらえていたものが一気に爆発する。この男の哀れさはかつての自分の哀れさで、鏡で映したような手紙まで送りつけてきた。尊敬と哀れみという一見相容れない感情が入り混じると、狂気の恋になるのだ。
オネーギンは自分の分身であり、二人は元々ひとつの存在であった。情念に陥落する瞬間、髪の毛一本ほどの重さで理性の天秤が勝つ。オネーギンは泥棒のように走り去り、タチヤーナは一瞬追いかけて、舞台中央に戻ってくる。エリサは震えながら泣くラストだったが、あれはダンサーの自然な演技に任されているのだろうか。昔斎藤友桂理さんが演じたときは、涙ながらに「理性が勝った!」と片腕を上げる幕引きだった。
カンパニー全員のコンディションが素晴らしく、一幕で群舞の男女ペアが開脚でジャンプしながら舞台を縦横に横切っていく壮麗な場面は大きな見どころ。ヴォルフガング・ハインツ指揮東京シティ・フィルハーモニックもダイナミックで快活な演奏を聴かせた。初演は1965年でクランコ38歳の傑作。初演から59年後の上演も熱狂的なスタンディングオベーションが巻き起こった。
photo: Stuttgarter Ballett