イリーナ・ブルック演出『カルメン』世界初演を鑑賞。カルメンに加藤のぞみさん、ドン・ホセに城宏憲さん、エスカミーリョに今井俊輔さん、ミカエラに宮地江奈さんと二期会のオールスターが揃った初日、東京文化会館のピットに入った読響と沖澤のどかさんのオーケストラ・サウンドも水準が高く、最近の二期会のプロダクションの中でも熱狂度が高い上演となった。
ゲネプロでも前奏曲から「今まで聞いたどのカルメンとも違う」美しい絵が見えるような、風や香りまで感じられるような音にはっとしたが、沖澤さんが作り出すフランスオペラの色彩感はすべての場面で素晴らしく、新しい登場人物が登場するたびに空気が変わる鮮烈なサウンドを放っていた。沖澤さんはメジャーな(?)デビュー以前にも自主制作オペラを振られていて「『椿姫』を作ったときは色々大変で、それで壊れてしまった人間関係もあった」と語ってくれたことがあった。今回のプロダクションでは演出家としっかり協調体制を作って、指揮者の理念を音楽に組み込んでいったのだろう。カルメンは自然の一部であり、野性的な人々が登場するオペラは音楽が表徴する「大自然」の荒々しさだと認識した。
イリーナ・ブルックの演出ノートによると、新演出では「スペイン」と場を特定せず、「ジプシー」も現代的ではないということで、その二つの設定を外したドラマを制作したという。「世界のどこかの荒涼とした場所」が金属片のガラクタによって固められた装置で表されており、黙役やダンサーたちは中南米の人々にも見える。合唱の衣裳は下北沢チックなストリートファッションで、人数分の衣裳にそれぞれ細かい工夫がなされていた。衣裳デザインはあれだけのバリエーションを作るのは大変だったと思う。NHK東京児童合唱団の子供たちも色とりどりのコスチュームに身を包んで活発に演技していた。あれだけのフランス語の歌を歌うのは、いつものことながら凄いと感心する。大人でも難しいことを、児童合唱は喜びに溢れた表情でこなしていた。
ミカエラもパステルカラーの冬山登りファッション(?)で登場する。宮地江奈さんが透き通った美しい声でホセを案じる歌を歌った。ミカエラは衛兵たちにからかわれ、パワフルなアクションで抵抗したり芝居も多い。ビゼーが生きていた頃の初演では、カルメンよりミカエラに共感が集まったという逸話があるが、それだけミカエラのパートが胸を打つものだったからだろう。
ホセ役の城さんは表情もよく、何度かこの役をこなされているせいか演劇的な迫真性があり、ご存知のように元々が大変な二枚目なのでカルメンが一目ぼれするのも納得がいった。カルメン加藤のぞみさんは、今まで国内外の上演で見たどのカルメンより完成度が高く、声に色も香りもあり、スモークに包まれて登場するシーンでは天女様か観音様のようだった。カルメンもまたジャージ風のファッションなのだが、不思議と似合っていて、踊りにも妖艶さがある。「ハバネラ」は完璧な音程で、余裕しゃくしゃくの表情で、ところどころユーモアも感じられた。カルメンというキャラクターがすっかり身体に入っていて、ここまでチャーミングに魅せる方も珍しい。「セギディーリャ」はカルメン自身が、次のホセとの逢瀬を想像して、未来の官能の時間を思いながらくらくらしているような歌だった。
大勢の合唱に交じってカルメンの友人フラスキータとメルセデスも存在感を表していく。三井清夏さんと杉山由紀さんが活躍し、杉山さんのメルセデスがまさかの「メガネちゃん」で、深夜ドラマのエキセントリックな女優のようで、思わずずっとオペラグラスで追ってしまった。フィギュア的に一番視覚的に残っているのがメルセデスだったりする。「カルタの歌」も楽し気だった。
嵐のような伴奏をまとって登場するエスカミーリョは、大スター今井俊輔さんで、今井さんは闘牛士をイメージしたすごい発声で歌い始めた。バリトンでああいう一声を聴いたのは初めてだと思う。「生きるか、死ぬか」といった丁半博打を生きているギャンブラーの声で、どう出しているのか想像もつかないが、リスクをとって成功させていた声だと直観で思った。イリーナ・ブルックはカリスマ的なエスカミーリョを少しばかり戯画的に演出し、退場シーンでは何度もポーズをとって歓声を浴びながら舞台奥に消えていく。「ホセは内容空疎な役だから歌うのは嫌」と言っていた海外の歌手がいたが、やり切った者勝ちなのだ。「闘牛士の歌」は実際には物凄く難しい歌で、破綻せず華やかに歌い上げる歌手には尊敬の念しかない。
同じ意味で、ホセの「お前が投げたこの花は…」の歌い出しも驚異的だと思った。ほぼテノールいじめなのではないか。城さんは果敢に完璧に歌っていて、オーケストラも殊更繊細な音楽を聞かせ、心に響いた。
1.2幕と3.4幕が続けて上演され、休憩は一回だったため、平均的な上演より短めだったが、凝縮度がありラストまでぐいぐい引っ張られていくスピード感があった。
現代演出でも読み替えというほどの違和感はなく、黙役やダンサーの振付も示唆に富んでいて、一場面ごとに大変丁寧に作られてた。イリーナ・ブルック版は成功だと思う。沖澤さんは指揮コンで優勝されたとき「自分はこつこつ型」と語っておられたが、イリーナ・ブルックも忍耐強くこつこつ積み上げていくタイプ。指揮者と演出家の協力体制が素晴らしい。
最終的に歌手がドラマの鍵を握ると思わせたのはラストシーンで、イリーナは「カルメンの物語は男性のDVも扱っている」と解釈していたが、城さんのホセの切ない演技は、もっと男女の根源的な心のバトルで、罠をしかけられて水の合わない場所に連れてこられた上、人間としての未来をすべて奪われたホセが、愛ゆえにカルメンを殺す場面には「DV」という言葉が介入しようもなかった。あんなに強かったカルメンが一瞬で抜け殻になってしまう様子を見て「これこそがオペラなんだ」と思った。
全キャスト申し分なく、一階席前方で聴く限り、メイン歌手たちの飛び出してくるような歌声に圧倒された。
初日キャストはあと1回、Bキャストはあと2回の公演がある。
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ゲネプロでも前奏曲から「今まで聞いたどのカルメンとも違う」美しい絵が見えるような、風や香りまで感じられるような音にはっとしたが、沖澤さんが作り出すフランスオペラの色彩感はすべての場面で素晴らしく、新しい登場人物が登場するたびに空気が変わる鮮烈なサウンドを放っていた。沖澤さんはメジャーな(?)デビュー以前にも自主制作オペラを振られていて「『椿姫』を作ったときは色々大変で、それで壊れてしまった人間関係もあった」と語ってくれたことがあった。今回のプロダクションでは演出家としっかり協調体制を作って、指揮者の理念を音楽に組み込んでいったのだろう。カルメンは自然の一部であり、野性的な人々が登場するオペラは音楽が表徴する「大自然」の荒々しさだと認識した。
イリーナ・ブルックの演出ノートによると、新演出では「スペイン」と場を特定せず、「ジプシー」も現代的ではないということで、その二つの設定を外したドラマを制作したという。「世界のどこかの荒涼とした場所」が金属片のガラクタによって固められた装置で表されており、黙役やダンサーたちは中南米の人々にも見える。合唱の衣裳は下北沢チックなストリートファッションで、人数分の衣裳にそれぞれ細かい工夫がなされていた。衣裳デザインはあれだけのバリエーションを作るのは大変だったと思う。NHK東京児童合唱団の子供たちも色とりどりのコスチュームに身を包んで活発に演技していた。あれだけのフランス語の歌を歌うのは、いつものことながら凄いと感心する。大人でも難しいことを、児童合唱は喜びに溢れた表情でこなしていた。
ミカエラもパステルカラーの冬山登りファッション(?)で登場する。宮地江奈さんが透き通った美しい声でホセを案じる歌を歌った。ミカエラは衛兵たちにからかわれ、パワフルなアクションで抵抗したり芝居も多い。ビゼーが生きていた頃の初演では、カルメンよりミカエラに共感が集まったという逸話があるが、それだけミカエラのパートが胸を打つものだったからだろう。
ホセ役の城さんは表情もよく、何度かこの役をこなされているせいか演劇的な迫真性があり、ご存知のように元々が大変な二枚目なのでカルメンが一目ぼれするのも納得がいった。カルメン加藤のぞみさんは、今まで国内外の上演で見たどのカルメンより完成度が高く、声に色も香りもあり、スモークに包まれて登場するシーンでは天女様か観音様のようだった。カルメンもまたジャージ風のファッションなのだが、不思議と似合っていて、踊りにも妖艶さがある。「ハバネラ」は完璧な音程で、余裕しゃくしゃくの表情で、ところどころユーモアも感じられた。カルメンというキャラクターがすっかり身体に入っていて、ここまでチャーミングに魅せる方も珍しい。「セギディーリャ」はカルメン自身が、次のホセとの逢瀬を想像して、未来の官能の時間を思いながらくらくらしているような歌だった。
大勢の合唱に交じってカルメンの友人フラスキータとメルセデスも存在感を表していく。三井清夏さんと杉山由紀さんが活躍し、杉山さんのメルセデスがまさかの「メガネちゃん」で、深夜ドラマのエキセントリックな女優のようで、思わずずっとオペラグラスで追ってしまった。フィギュア的に一番視覚的に残っているのがメルセデスだったりする。「カルタの歌」も楽し気だった。
嵐のような伴奏をまとって登場するエスカミーリョは、大スター今井俊輔さんで、今井さんは闘牛士をイメージしたすごい発声で歌い始めた。バリトンでああいう一声を聴いたのは初めてだと思う。「生きるか、死ぬか」といった丁半博打を生きているギャンブラーの声で、どう出しているのか想像もつかないが、リスクをとって成功させていた声だと直観で思った。イリーナ・ブルックはカリスマ的なエスカミーリョを少しばかり戯画的に演出し、退場シーンでは何度もポーズをとって歓声を浴びながら舞台奥に消えていく。「ホセは内容空疎な役だから歌うのは嫌」と言っていた海外の歌手がいたが、やり切った者勝ちなのだ。「闘牛士の歌」は実際には物凄く難しい歌で、破綻せず華やかに歌い上げる歌手には尊敬の念しかない。
同じ意味で、ホセの「お前が投げたこの花は…」の歌い出しも驚異的だと思った。ほぼテノールいじめなのではないか。城さんは果敢に完璧に歌っていて、オーケストラも殊更繊細な音楽を聞かせ、心に響いた。
1.2幕と3.4幕が続けて上演され、休憩は一回だったため、平均的な上演より短めだったが、凝縮度がありラストまでぐいぐい引っ張られていくスピード感があった。
現代演出でも読み替えというほどの違和感はなく、黙役やダンサーの振付も示唆に富んでいて、一場面ごとに大変丁寧に作られてた。イリーナ・ブルック版は成功だと思う。沖澤さんは指揮コンで優勝されたとき「自分はこつこつ型」と語っておられたが、イリーナ・ブルックも忍耐強くこつこつ積み上げていくタイプ。指揮者と演出家の協力体制が素晴らしい。
最終的に歌手がドラマの鍵を握ると思わせたのはラストシーンで、イリーナは「カルメンの物語は男性のDVも扱っている」と解釈していたが、城さんのホセの切ない演技は、もっと男女の根源的な心のバトルで、罠をしかけられて水の合わない場所に連れてこられた上、人間としての未来をすべて奪われたホセが、愛ゆえにカルメンを殺す場面には「DV」という言葉が介入しようもなかった。あんなに強かったカルメンが一瞬で抜け殻になってしまう様子を見て「これこそがオペラなんだ」と思った。
全キャスト申し分なく、一階席前方で聴く限り、メイン歌手たちの飛び出してくるような歌声に圧倒された。
初日キャストはあと1回、Bキャストはあと2回の公演がある。
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