放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

東日本大震災~The Life Eater3~

2011年03月20日 16時36分34秒 | 東日本大震災
 2011年3月11日午後2時46分(だそうです。)
 そのとき僕は、数人の人とともに職場で輪転機やら断裁機、帳合い機やらがバッタンバッタンと稼動している所にいた。
 機械の騒音に混じって、ふと聞きなれない重低音が耳に入ってきた。
 ―あれ、これ地鳴りかな? 大きい揺れが来るのかな。―
 足元に意識を遣ると、確かに床が少しずつ廻るようにゆっくり揺れはじめている。
 と思う間に、みるみる揺れは大きくなり、いままで感じたこともないくらい激しくなっていった。
 これは作業どころではない。あわてて非常口のサッシを開けに走りよる。
 そこへとなりの書棚がまるで歩くみたいにガッタンガッタン音たてて寄ってくる。
 片手で引き出しが飛び出してくるのを抑えながら、必死でサッシの鍵を開ける。
 足元に非常用の車椅子が倒れてきた。―けっこう痛い。―(脛を強打しました)
 こいつをどけて、やっとサッシを開ける。
 あとは揺れがひどすぎてそこから一歩も動けなくなってしまった。

 周囲を見ると、どこの家もガタンガタンと恐ろしい音を立てている。
 まるでスイッチが入った爆砕機みたい。
 ―長いな、長いぞ。―
 やや収束に近づいたかなと思ったら、ひときわ地鳴りが高くなり、ますます揺れが大きくなった。
 ―大丈夫かコレ。建物ギシギシ言ってるよ。―
 まだ揺れが収まらない。
 背後で誰かの叫び声も聞こえるがこちらはサッシの枠にしがみついているので精一杯。後ろを振りかえる余裕も無い。
 この頃が揺れのピークだったかもしれない。
 なんでこんなにムキなってるの、と訊きたくなるくらいに揺れに揺れまくった。
 バターン、ゴーン、ガシャン。
 これらの音がなにを意味しているのかわからない。メチャクチャになっていることだけは間違いないだろう。
 まだまだ揺れは衰えない。まるで悪路を疾走するトラックの荷台に立っているようだ。
 ―これはこまったな。―
 もしかしてこの建物も壊れちゃうのだろうか、そのとき、この場所ははたして大丈夫なのか。
 ―そういえば背後の帳合い機は大人の背丈よりも高いよな。―
 こっちに向かってなだれ込んできたらどうしよう。
 
 ギシギシバタン、ゴーン、ガチャン!
 戸外でも、ものすごい音が響いている。長い。あまりにも長すぎる。
 こんな激しくて長い地震は初めて体験する。これが「宮城県沖地震」なのか。

 かれこれ5~6分は揺れていただろうか。ようやっと戸外の騒音が治まり、足元を揺らす恐ろしい力も弱まってきた。
 建物のきしむ音もやっと静かになった。
 僕もやっとサッシの枠から手をはなし後ろを振り返った。

 「あーあ、停電しちゃったよ。」

 機械はみな止まり、室内はいろいろなものが散乱していた。
 そして、帳合い機には倒れまいと必死にしがみついている人がいた。
コメント
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