「上着と冷蔵庫あるんだけど、ほしい人いないかな?」
横浜からのメールが届いた。
上着は避難所でもらってくれる人がいるかもしれない。
岩沼に支援物資を受け付けているところがあるから行ってみるよ。冷蔵庫は・・・、知り合いに聞いてみようか。
被災はしたけれどワリと早くアパートを借りることができた人たちが電化製品を必要としている、という話は聞いていた。だから、冷蔵庫はきっと役に立つはず。
ここでまたまたBELAちゃんネットワーク起動。いい人見つかるといいんだけど。
まるでジグソーパズルのピース穴を見つけるようなことを僕たちはしている。
これは別に震災だからという話ではない。
誰かにとって必要なものが、いま提供されている。これを繋げてゆかないのは勿体無い話ではないか。
メールの返事は意外に早かった。
さきの「慰問」でも賛同してくれた友人Aさんが「石巻で被災した友人に冷蔵庫を贈りたい」と言ってくれた。
石巻・・・。
もともと、北上川の河口付近に発達した都市で、漁港としても有名なところであった。
笹かまぼこなど水産加工産業も発達している。
お隣の牡鹿半島は、その昔、捕鯨基地があった。いずれも海とは切れない深い関係があったのだ。
石巻は北上川の川開きというお祭りがあって、花火大会が有名であった。
そこも津波でやられた。
ここの悲劇は、被害の格差が大きいということだという。
津波をかぶった家がある、かぶらなかった家がある。
火災が舐めつくした通りがある一方で、ススひとつついていない通りがある。
多くの犠牲者を出してしまった地域、ほとんど犠牲者を出さなかった地域。港に近い地域では、地殻変動による地盤沈下で土地が水没しているところもある。(とくに4月ごろからは大潮の時期を迎え、海水が床上まで上がってきているという。)
この格差が、住んでいる人を苦しめる。
被害の少なかった人は、却ってそのことで気に病み、家から一歩も出れなくなったという。
市内の斎場は損壊してしまい、犠牲者の火葬が間に合わない。やむなく1000人ほどの犠牲者を土葬にしたという。
想像を絶する状況だ。
そんな中で「石巻で被災した友人」はなんとか自立生活の決意を固め、生活用品をいろいろ取り揃えているという。
よし・・・。ピース穴は見つかった。あとはどうやってそこへピースを持ってゆくか・・・だ。
ここで問題なのは、やはり「流通」ということになる。
海沿いに延びる三陸自動車道はなんとか再開したものの、つねに支援車両の往来で渋滞まで発生している。
さらに宅急便は、津波の被害があった地域への荷物は受け付けてくれない。しかもブツは冷蔵庫だ。
デカいし、横倒しNG。一般貨物ではなくて、引越し荷物になるとか・・・。
(「それでもリサイクル処分しちゃうよりは安いかも」、と横浜のMクン)
しばらく、悩む日々が続いた。
そのあいだ、「レンタカーで石巻まで直行するか」案、「やっぱり横浜で処分するか」案などが浮上。
レンタカーというのは、冷蔵庫を運べるほど背の高い車両を横浜から借りちゃおうという案。(でも結局、レンタカーで被災地に乗り入れるのは出来なかったらしい・・・。)
「処分」ってのはそのまんまリサイクル処分しちゃうということ。もちろん石巻行きはナシになる。
なんとか横浜の方には待っててもらい、その間にこちらでクルマの準備が出来ないか、考えることにした。
僕らとしては、なんとか届けたい・・・。でも友人Aさんにも、その先の石巻の友人さんにもそれなりに遠慮があって、横浜のMクンにそうそう負担をかけたくないという思惑もあった。
Mクンには悪いが、遠慮している場合ではないのに・・・と思った。
なんとか大きいクルマの準備ができたのが、4月の17日。
よし・・・、というんで横浜に連絡。宅急便で仙台まで送ってもらうことにした。
横浜に電話してみると、
「明日(日曜日)にはムリ。早くて翌週の木曜日だってさ。」
ちなみにブツは、産業道路近くの営業所留めにしてもらった。
毎度毎度、ホントに申し訳ない。
友人Aさんに伝えると、「じゃあつぎの土曜日か日曜日に荷物受け取って石巻まで行きます。」とのこと。
僕も運ぶのを手伝うと申し出たが、Aさんご夫婦で運ぶからいい、といわれてしまった。
(なんかオレ、取り次いだだけでちっとも働いていない・・・。)
翌週、友人Aさんから無事に冷蔵庫を石巻まで届けることができた旨連絡あり。よかったよかった。
あたりまえだけど、「支援」、って難しい・・・。
(ここで「偽善」については何の意味もなさないので論じない。要は実効性のある支援であればそれでいいのだから。)
理想はもちろん「個々の事情にあった応援」というヤツなんだけど、これはまるでジグソーパズルのピースを見つける的な難しさがある。と、思う。ピースが見つかり、カチッとはまること。それを「支援のマッチング」とかいうらしい。
しかしパズルのピースを見つけたら見つけたで、その瞬間、今度はピースの見つからなかった人との間に不公平が生じてしまう。
かと言って、平均的な充足率(バランス)だけを見て「(たとえば)食料は足りている」とか認識を示したとすると、これはこれで未だに食料難に苦しむ人への支援が絶たれる危険がある(行政がいまこのような状態にいるのではないか、と危惧しております)。
この危険を生んでいる原因のひとつに「個人情報保護」という考えがある。
支援したいと思っている人がいても、この「個人情報保護」が障壁となってなかなか情報が得られない、という話はときどき聞かれる。
(障がい者支援団体などもこの問題で苦慮しております)
個人情報は保護しつつ、支援の要望だけはなんとか表に汲みだせる仕組みはないものか。
で、この冷蔵庫の場合は、けっきょく個々のマッチングを優先した事例といえる。
後日、横浜からMクンが遊びに来てくれて、友人Aさんとお引き会わせすることが出来た。
ほんとうにほんとうにありがとう。
あ、自分メールばっかりでなんにも働いてないなぁ・・・。
石巻では、今年も「川開き」祭を行うという。「被災地なんだから自粛しろや!」などといろいろ言われたことだろう。
でも僕はお祭りを行うことには賛成する。「川開き」は、もともと海難者を供養するお祭りなのだから。
横浜からのメールが届いた。
上着は避難所でもらってくれる人がいるかもしれない。
岩沼に支援物資を受け付けているところがあるから行ってみるよ。冷蔵庫は・・・、知り合いに聞いてみようか。
被災はしたけれどワリと早くアパートを借りることができた人たちが電化製品を必要としている、という話は聞いていた。だから、冷蔵庫はきっと役に立つはず。
ここでまたまたBELAちゃんネットワーク起動。いい人見つかるといいんだけど。
まるでジグソーパズルのピース穴を見つけるようなことを僕たちはしている。
これは別に震災だからという話ではない。
誰かにとって必要なものが、いま提供されている。これを繋げてゆかないのは勿体無い話ではないか。
メールの返事は意外に早かった。
さきの「慰問」でも賛同してくれた友人Aさんが「石巻で被災した友人に冷蔵庫を贈りたい」と言ってくれた。
石巻・・・。
もともと、北上川の河口付近に発達した都市で、漁港としても有名なところであった。
笹かまぼこなど水産加工産業も発達している。
お隣の牡鹿半島は、その昔、捕鯨基地があった。いずれも海とは切れない深い関係があったのだ。
石巻は北上川の川開きというお祭りがあって、花火大会が有名であった。
そこも津波でやられた。
ここの悲劇は、被害の格差が大きいということだという。
津波をかぶった家がある、かぶらなかった家がある。
火災が舐めつくした通りがある一方で、ススひとつついていない通りがある。
多くの犠牲者を出してしまった地域、ほとんど犠牲者を出さなかった地域。港に近い地域では、地殻変動による地盤沈下で土地が水没しているところもある。(とくに4月ごろからは大潮の時期を迎え、海水が床上まで上がってきているという。)
この格差が、住んでいる人を苦しめる。
被害の少なかった人は、却ってそのことで気に病み、家から一歩も出れなくなったという。
市内の斎場は損壊してしまい、犠牲者の火葬が間に合わない。やむなく1000人ほどの犠牲者を土葬にしたという。
想像を絶する状況だ。
そんな中で「石巻で被災した友人」はなんとか自立生活の決意を固め、生活用品をいろいろ取り揃えているという。
よし・・・。ピース穴は見つかった。あとはどうやってそこへピースを持ってゆくか・・・だ。
ここで問題なのは、やはり「流通」ということになる。
海沿いに延びる三陸自動車道はなんとか再開したものの、つねに支援車両の往来で渋滞まで発生している。
さらに宅急便は、津波の被害があった地域への荷物は受け付けてくれない。しかもブツは冷蔵庫だ。
デカいし、横倒しNG。一般貨物ではなくて、引越し荷物になるとか・・・。
(「それでもリサイクル処分しちゃうよりは安いかも」、と横浜のMクン)
しばらく、悩む日々が続いた。
そのあいだ、「レンタカーで石巻まで直行するか」案、「やっぱり横浜で処分するか」案などが浮上。
レンタカーというのは、冷蔵庫を運べるほど背の高い車両を横浜から借りちゃおうという案。(でも結局、レンタカーで被災地に乗り入れるのは出来なかったらしい・・・。)
「処分」ってのはそのまんまリサイクル処分しちゃうということ。もちろん石巻行きはナシになる。
なんとか横浜の方には待っててもらい、その間にこちらでクルマの準備が出来ないか、考えることにした。
僕らとしては、なんとか届けたい・・・。でも友人Aさんにも、その先の石巻の友人さんにもそれなりに遠慮があって、横浜のMクンにそうそう負担をかけたくないという思惑もあった。
Mクンには悪いが、遠慮している場合ではないのに・・・と思った。
なんとか大きいクルマの準備ができたのが、4月の17日。
よし・・・、というんで横浜に連絡。宅急便で仙台まで送ってもらうことにした。
横浜に電話してみると、
「明日(日曜日)にはムリ。早くて翌週の木曜日だってさ。」
ちなみにブツは、産業道路近くの営業所留めにしてもらった。
毎度毎度、ホントに申し訳ない。
友人Aさんに伝えると、「じゃあつぎの土曜日か日曜日に荷物受け取って石巻まで行きます。」とのこと。
僕も運ぶのを手伝うと申し出たが、Aさんご夫婦で運ぶからいい、といわれてしまった。
(なんかオレ、取り次いだだけでちっとも働いていない・・・。)
翌週、友人Aさんから無事に冷蔵庫を石巻まで届けることができた旨連絡あり。よかったよかった。
あたりまえだけど、「支援」、って難しい・・・。
(ここで「偽善」については何の意味もなさないので論じない。要は実効性のある支援であればそれでいいのだから。)
理想はもちろん「個々の事情にあった応援」というヤツなんだけど、これはまるでジグソーパズルのピースを見つける的な難しさがある。と、思う。ピースが見つかり、カチッとはまること。それを「支援のマッチング」とかいうらしい。
しかしパズルのピースを見つけたら見つけたで、その瞬間、今度はピースの見つからなかった人との間に不公平が生じてしまう。
かと言って、平均的な充足率(バランス)だけを見て「(たとえば)食料は足りている」とか認識を示したとすると、これはこれで未だに食料難に苦しむ人への支援が絶たれる危険がある(行政がいまこのような状態にいるのではないか、と危惧しております)。
この危険を生んでいる原因のひとつに「個人情報保護」という考えがある。
支援したいと思っている人がいても、この「個人情報保護」が障壁となってなかなか情報が得られない、という話はときどき聞かれる。
(障がい者支援団体などもこの問題で苦慮しております)
個人情報は保護しつつ、支援の要望だけはなんとか表に汲みだせる仕組みはないものか。
で、この冷蔵庫の場合は、けっきょく個々のマッチングを優先した事例といえる。
後日、横浜からMクンが遊びに来てくれて、友人Aさんとお引き会わせすることが出来た。
ほんとうにほんとうにありがとう。
あ、自分メールばっかりでなんにも働いてないなぁ・・・。
石巻では、今年も「川開き」祭を行うという。「被災地なんだから自粛しろや!」などといろいろ言われたことだろう。
でも僕はお祭りを行うことには賛成する。「川開き」は、もともと海難者を供養するお祭りなのだから。