僕はトリックスター
今日仕事仲間と話していたら、僕の「在り方」の謎が解けたような気分になった。
彼はネイティブアメリカンの文化に入り込み、「感謝の儀式」を本気で体験したツワモノ。
そのエピソードはあまりに壮絶で日本人の彼は族長に儀式の体験を懇願したら、「お前死ぬよ」と言われたらしい。
4日間飲まず食わずで踊り、自らの肉体を神に捧げるという。何度も気絶したと、さらりと笑顔で言う彼の目を見たら、その体験の過酷さを物語っていた。
その彼がトリックスターのことをこう語った。
何万年も部族には大抵トリックスターが存在するのだと。そしてその存在は尊敬され、必要とされている。
誰でもできる役割ではないのだそうだ。
大切な儀式の最中にふざけた格好でおちゃらけ、周りの緊張を解く。最も偉い人を茶化してみたり、おどけてみたり。
なぜそんな役割が存在するのか?
それは部族の存続に関わる。
カリスマ、絶対的なリーダーに人々は迎合する。
しかしその一方向に向かう大多数をトリックスターは笑いやユーモアで気をそらす。
それは部族が生き残る為に必要なアンチテーゼ。
そしてその役割は何万年も廃れることなく、存在を認められてきているという。
人間が生きていく上で、そのトリックスターの役割は部族があらゆる危機から生き残るサバイバルという意味で必要不可欠だったと歴史が教えてくれる。
「ホクトマンはトリックスターだね」
僕は昔から天邪鬼だった。
「人と同じ」が好きじゃなかった。
何もしてないのに虐められたり、
人と話をしなかったり、
流れに乗るのが本当に嫌いだった。
ところが高校大学、就職に至るまで要領の良さでスムーズに生きてきた自分にも嫌気がさした。
旅に出て、常識のレールから初めて踏み外して自分は生きている実感を得た。
教育についても何の興味もなかった僕が旅の資金を稼ぐためだけに「冒険教育」という言葉に惹かれて出会ったPAに魅了された。
その時のPAを教えてくれた師匠もトリックスターである。そのトリックスターの遺伝子は僕の遺伝子を揺さぶり、そのまま体験学習の指導者になった。
それでも当たり前が大っ嫌いな僕は、日本の野外活動のセオリーを覆すことばかりを考えていた。
ファシリテーターとしても、いつも当たり前を疑って、独特の世界観を模索した。
たまに就職してもすぐに喧嘩して退職した。
「定時に帰るな!」と言われた時には僕は日本の野外教育も地に落ちたなと思った。
それから僕の変わった教育観は、素晴らしい仕事仲間の目に留まり、ベトナムの仕事を紹介してもらえるに至った。
そこでも僕は恐らくトリックスターであろうとした。
苦しんだ時もある。今も苦しんでいる。
それは恐らく、弱い僕がトリックスターの価値を信じられなくなっていたのだ。現代の若者の多くが正解を求めているかように。
でもネイティブアメリカンの部族や縄文人にも必要不可欠な神聖な役割だと聴いた時に、僕の生き方はハッキリ決まったような気がした。
僕はこれからもずっとトリックスターであり続けたい!と心から思った。
周りが全員が大多数になって流れが作られていても、僕が存在する限り空気を読まず、場をかき回して混乱させて愉快な道化師になろうと決心した。
それは人が考える事をやめて、盲信する事に対して警告するストッパーのような役割を、バカになって笑わせて気づかせるという究極の生き方なのだ。
僕が生き方や在り方に覚悟を決めた時。
そこで思いついたのがトリックスターの数を増やすというアイデア。
どうやら部族が存続する為には30人に1人はトリックスターが必要なのだという。
日本の人口から割り出すと大体、大人の100万人がトリックスターであれば、世の中が変わる事に気がついた。
『100万人トリックスター養成計画(仮)
〜一緒にトリックスターになりませんか?〜』
僕は死ぬまでに100万人のトリックスターを育てて、未来を一方向に進むだけではなく、危機に強いコミュニティ(日本)を作りたい。
アドバイスやご意見、ご要望をください。
例に漏れず、何も具体的な考えもない状態。賛同者やアドバイスが僕の閃きを手助けしてくれると信じてます。
p.s.トリックスターだけのコミュニティって成り立つのかな?無茶苦茶なりそうww
今日仕事仲間と話していたら、僕の「在り方」の謎が解けたような気分になった。
彼はネイティブアメリカンの文化に入り込み、「感謝の儀式」を本気で体験したツワモノ。
そのエピソードはあまりに壮絶で日本人の彼は族長に儀式の体験を懇願したら、「お前死ぬよ」と言われたらしい。
4日間飲まず食わずで踊り、自らの肉体を神に捧げるという。何度も気絶したと、さらりと笑顔で言う彼の目を見たら、その体験の過酷さを物語っていた。
その彼がトリックスターのことをこう語った。
何万年も部族には大抵トリックスターが存在するのだと。そしてその存在は尊敬され、必要とされている。
誰でもできる役割ではないのだそうだ。
大切な儀式の最中にふざけた格好でおちゃらけ、周りの緊張を解く。最も偉い人を茶化してみたり、おどけてみたり。
なぜそんな役割が存在するのか?
それは部族の存続に関わる。
カリスマ、絶対的なリーダーに人々は迎合する。
しかしその一方向に向かう大多数をトリックスターは笑いやユーモアで気をそらす。
それは部族が生き残る為に必要なアンチテーゼ。
そしてその役割は何万年も廃れることなく、存在を認められてきているという。
人間が生きていく上で、そのトリックスターの役割は部族があらゆる危機から生き残るサバイバルという意味で必要不可欠だったと歴史が教えてくれる。
「ホクトマンはトリックスターだね」
僕は昔から天邪鬼だった。
「人と同じ」が好きじゃなかった。
何もしてないのに虐められたり、
人と話をしなかったり、
流れに乗るのが本当に嫌いだった。
ところが高校大学、就職に至るまで要領の良さでスムーズに生きてきた自分にも嫌気がさした。
旅に出て、常識のレールから初めて踏み外して自分は生きている実感を得た。
教育についても何の興味もなかった僕が旅の資金を稼ぐためだけに「冒険教育」という言葉に惹かれて出会ったPAに魅了された。
その時のPAを教えてくれた師匠もトリックスターである。そのトリックスターの遺伝子は僕の遺伝子を揺さぶり、そのまま体験学習の指導者になった。
それでも当たり前が大っ嫌いな僕は、日本の野外活動のセオリーを覆すことばかりを考えていた。
ファシリテーターとしても、いつも当たり前を疑って、独特の世界観を模索した。
たまに就職してもすぐに喧嘩して退職した。
「定時に帰るな!」と言われた時には僕は日本の野外教育も地に落ちたなと思った。
それから僕の変わった教育観は、素晴らしい仕事仲間の目に留まり、ベトナムの仕事を紹介してもらえるに至った。
そこでも僕は恐らくトリックスターであろうとした。
苦しんだ時もある。今も苦しんでいる。
それは恐らく、弱い僕がトリックスターの価値を信じられなくなっていたのだ。現代の若者の多くが正解を求めているかように。
でもネイティブアメリカンの部族や縄文人にも必要不可欠な神聖な役割だと聴いた時に、僕の生き方はハッキリ決まったような気がした。
僕はこれからもずっとトリックスターであり続けたい!と心から思った。
周りが全員が大多数になって流れが作られていても、僕が存在する限り空気を読まず、場をかき回して混乱させて愉快な道化師になろうと決心した。
それは人が考える事をやめて、盲信する事に対して警告するストッパーのような役割を、バカになって笑わせて気づかせるという究極の生き方なのだ。
僕が生き方や在り方に覚悟を決めた時。
そこで思いついたのがトリックスターの数を増やすというアイデア。
どうやら部族が存続する為には30人に1人はトリックスターが必要なのだという。
日本の人口から割り出すと大体、大人の100万人がトリックスターであれば、世の中が変わる事に気がついた。
『100万人トリックスター養成計画(仮)
〜一緒にトリックスターになりませんか?〜』
僕は死ぬまでに100万人のトリックスターを育てて、未来を一方向に進むだけではなく、危機に強いコミュニティ(日本)を作りたい。
アドバイスやご意見、ご要望をください。
例に漏れず、何も具体的な考えもない状態。賛同者やアドバイスが僕の閃きを手助けしてくれると信じてます。
p.s.トリックスターだけのコミュニティって成り立つのかな?無茶苦茶なりそうww