あの人は、『器』が大きい。
そんなことを言ったり、聞いたりすることがある。
そのような使われかたの『器』は、『器量』のことで、能力や人徳のことだ。
その『器』について考えてみた。
人生を歩む上で、『器』は大切なもの。
仕事を成し遂げるのも失敗するのも、『器』に左右されるのは当然だ。
大きなことを言えば、国を発展されるか衰退させるかは、政治指導者の『器』次第。
友人関係や恋人関係がスムーズに行くかどうかも、基本的には「相性がいいかどうか」によるが、それぞれの『器』によるところが大きい。
家庭も然り。
つくずく実感しているのだが、その『器』は、経年的に瘠せ細っていくらしい。
『器』を大きくするためには、
①本を読む②体験をする③『器』の大きい人に接する④多くの人生に触れる⑤執着しない
などがある。
がしかし、一度蓄積すればいいのではなく、絶えず反復していないといけないようだ。
『器』は瘠せる。狭くなる。ボロボロになる。劣化する。
心していなければいけないのだが、そのために必要な執着心もまた瘠せ細る。
『器』は不老長寿ではないのだ。
絶えずトレーニングを要するらしい。
それを「面倒くさい、厄介なこと」と思うかどうか。
「丁寧に生きる」ことを、どのように実践するか?
淡泊なことも生き方の一つ。
写真は途方に暮れているチンパンジー。
千葉動物園にて撮影。