3月11日の東関東大震災から、ほぼ40日が過ぎた。
ここのところ、余震も少なくなったような気配。
しかし、多くの人たちは、まだ避難所生活をよぎなくされている。
行方不明の人たちの数は、1万数千人。心がとても痛い。
東京電力の原発事故は、安定化にはほど遠い状況のようだ。
新たに避難区域が設定された。先行きの見通しは不透明なのだろうか。
震災直後、イベントなどの自粛のムードが強かった。幾つかの大きなお祭りが、中止となった。私もそのような気分だ。
そんな中、被災地から、「被災地の物産を買って、ムードを盛り上げてほしい。そのほうが元気が出るから……」といった声があがり始めた。
それもそうだ。身を引き締めつつ、イベントなどは実行したほうがいいのかもしれない。
旧友のT.M君が、故郷の海の写真を撮ってくれた。
送ってくれたのは、彼の娘さん。「持つべきは女の子」の証明だ。
大津波後は、下のような姿に変わってしまった。
まことに哀れと言おうか。まるで私の今の姿。ほとんど毛(木)がない。以前は多くの松の木が、海風を受けながら勇姿を見せてくれていた。
下の写真2枚は、大津港の状況。岸壁は地割れし、漁船が無惨な姿となっている。放射性汚染の風評被害もあり、地元のみなさんの苦労は大変なことと思う。
私は震災後、故郷へは戻っていない。余震が怖ろしいし、復旧の邪魔になってもいけない。
四月下旬に予定していた同期会は、中止になってしまった。会場として予約していたホテルが、津波の被害を受けたとのこと。
幾人かの同級生と電話で話をした。みんな元気だったが、家にはそれぞれ故障が出ているようだ。正直のところ、同期会どころの話ではない。
T.M君の実家は野口雨情生家の近所なのだが、床上浸水に遭ったとのこと。写真を送ってもらったが、プライバシーを守るため、公開はしない。
被災地の復興を、心から願っている。
写真を提供してくれてT.M君および娘さん、ありがとう!!
別館として、写真俳句ブログの「ひよどり草紙」を開いてます。
ご覧いただけると嬉しいです。
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