先日、同じ地域に住む先輩が、奥さんと一緒に、わざわざ拙宅を訪ねてくれた。
明日の飛行機で、四国へ引っ越すとのこと。四国には娘さんがいるのだ。
奥さんはアルツハイマーによる痴呆症。発症は3年前だった。
四国へ嫁いで行った娘さんの強い勧めで、そちらへ引っ越すことになったという。
先輩は私より2~3歳ほど年上。奥さんはまだ60代のはずだった。
玄関に入る前から、奥さんの表情は柔らかだった。
私たちとは旧知の間柄だったせいもある。特にカミさんとは仲良しだった。
しかし、彼女の心を穏やかにしているのは、先輩に対する信頼感だった。
「子供が成長したら、私は離婚します!」
ひところはそのように言っていた彼女。今は険しかった時代を越えて、夫に頼り切っている。笑顔が何よりの証拠だ。
傍若無人だった先輩も、奥さんだけに心を配っていて、目元がとても優しい。
奥さんが発症してから、私たちは3度目だ。奥さんの表情はますます穏やかになった。
先輩の強い意向で、私たちは会えずにいた。奥さんを会わせたくなかったらしい。
「病気の進行が、かなり緩やからしいんだ」 今日の先輩の解説だ。
「一時は地獄だったよ。私がイライラするとワイフは脅えるし・・・。イライラを解消するのはとても難しかった。自分では抑えられなかったんだ」
発症当時を振り返りながら、先輩が言った。
「イライラが始まったら、鎮められない。そうか、だったらイライラしないようにしよう。そう思いついてから、だいぶ気分が楽になったな」
私には分からない部分もあった。しかし当事者の言葉だけに、やけに説得力があった。
「私がトイレに行っても、2~30秒もするとトイレに来るんだよ。そして、トントンするんだ。不安だったのだろうね」
先輩夫婦には娘さんが3人。四国に住む娘さんには子供がいなかった。そんな事情もあったのかもしれない。夫婦の四国行きは、急に決まったようだ。
帰りは私が車で送った。晴れていたが、寒い日だった。
帰り道、さまざまなことが私を去来した。
先輩の心は懺悔だろうか。諦めなのだろうか。それとも新たな妻恋なのだろうか。
紫は懺悔の色や冴え返る ひよどり
いかになんでも、懺悔ではあるまい。
妻恋は菜の花の色咲くを待つ ひよどり
諦めの色は・・・
先輩の心の中には、深い愛情にもとづく肌色が、限りなく溢れているに違いない。
末永いご健勝を祈りたい。
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