ブログ仲間の某兄の記事に、初恋談義があった。
時折は夢に出ていた初恋の君が、同窓会で会って以来、夢に出てくれなくなったという話である。
意味深長だ。
抱いていた憬れが、再会によって砕かれたということなのだろうか。
山茶花の花言葉は、「理想の恋」、「控えめな恋」だという。
某兄の夢と山茶花の花言葉を考えていたら、俳句にもならない戯れ句が思い浮かんだ。
某兄には申し訳ないが、戯れ句の動機に使わせてもらった。
現(うつ)し世の山茶花散りて恋果てぬ 鵯 一平
写真は平成14年1月26日、市民の森公園で撮影したものである。
椿の落花は醜いが、山茶花の花びらは散っても美しい。
「控えめな恋」の所以だ。
散ってのちも、恨みと思わず、密かに地面を彩っている。
可憐ではないか。片思いに相応しい情景だ。
初恋の君が、ふたたび某兄の夢見に立つよう祈ることにしよう。
某兄さん、ゴメンナサイ。
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心の活性化につながると思います
何も会いたいとか思うのでもなく ア~ァあの頃はこうだったなぁ~
もしもこうっだったら~ とか思うだけで
豊かになります わたしの場合は。
それが連れ合いに申し訳ない なんて思うことでもないと思います いいのでしょうか?
あ、そうそう、紫陽花は移り気は分かりますけれど、冷淡は似合わないですね。全体の大きな丸さからして豊かさを備えているように思えます。ちょっと、肩入れしすぎかしら?
夫の立場で申し上げます。
30代までだったら、思い起こす事も許せないでしょうね。
(しかし、黙っていれば分かりませんけれど)
50代になれば、思うぐらいは許せますね。
60代に入れば、会うことだって、二人きりでなければ、愉快でないけれど我慢します。
本質的に、男はヤキモチヤキですから、滅多なことでは口にしないことですよ。
黙ったまま思い出すことです。
山茶花は「別離の恋」ですか。
私は「控えめな恋」におおむね賛成です。
紫陽花にふくよかな豊かさを感じられるのですね。
私は雨に濡れた紫陽花が、いかにも紫陽花らしく思います。濡れてもツンとしている感じなので、「冷淡」でもいいかなあ、と思っています。
>現(うつ)し世の山茶花散りて恋果てぬ
うーんなかなかですね
「山茶花の 散りてつのれる 愛し恋」
どうでしょうか?
ふと、昔の思い出にタイムスリップし、昔を懐かしく思い出させる良い句ですね。何時までも温めていたいものだ。
いつの世にも甘い何かがありますね。
1人で笑みがでる気分です。
今日の句は,切ないですね~
会うことが出来て・・・・
あれ!、夢の中で追い求めていた方がよかったの??
私は、絶対会えない人だと思う初恋の人には、夢で会えなくなってもいいから、現実に会ってみたいと願っています。
今でも、顔も声もすぐ出てきますよ。初恋の人は・・・・
ポッチ!しました、2位のようすけさんとは私は、大の仲良しです。 これも切ない・・・・
「散りつのれる愛し恋」とは、やはり当事者らしい結末ですね。
ゴメンナサイ。
日本の男はシャイ過ぎる。
万葉集や古今和歌集のような恋歌を、ドンドン恋人に贈るようにしたらいいですね。
男と女と比べ、どちらが初恋の思いを大切にするのでしょうか。
性別より、個人の問題でしょうかね。
山茶花はいい花で、好きな花の一つです。