浄土真宗本願寺派 法徳寺ブログ

神奈川県厚木市にある浄土真宗本願寺派(西)のお寺です。
永代供養墓10万より受付中です。

もうすぐお彼岸終了

2024-03-21 21:15:00 | お知らせ

浄土真宗の救いは、ただ今の救いであります。死んでから、極楽浄土という良い世界に生まれ変わる救いではなく、この現世において、必ず、お浄土に参らせていただける身にさせていただくのであります。それは、いつかと言えば、今であります。南無阿弥陀仏とは、阿弥陀仏が言葉の仏となって、私にいたり届き、必ず救うと呼びかけてくださるお言葉であります。その言葉に、出会った者は、往生する人生であります。往生とは、浄土へ向かい生まれる人生です。もし、皆さん周りの人に、あなたはどこへ向かって生きているのですか?と聞いたら、きっと嫌な顔すると思います。なぜなら、その問題に蓋をして生きているのです。誤魔化しているのであります。考えたくないし、他人事にしておきたいのであります。その蓋を開けるということは、勇気がなく、自分から開けられないのです。しかし、阿弥陀如来は、既に我に任せようと呼んでくださるのです。私の死の問題は、即解決であります。蓋をすることも、誤魔化ことも必要ないのであります。それを阿弥陀仏に任せると言うのであります。死の問題を解決しても、私は、いつまでも、死にたくないのです。それは、煩悩があるから仕方がないのです。しかし、死にたくないままで死んでいけるのであります。それは、誠に、ありがたいことです。もうすぐ、お彼岸が終わります。どうか皆様、一刻も早く、阿弥陀仏の救いに出会っていただきたいと思います。明日はお彼岸法要です。





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無常の風

2024-03-20 21:57:00 | お知らせ
今朝は、朝からすごい風で、火事になる危険性があったので、お線香をお供えするのはご遠慮いただきました。お昼近くになって、風が弱まってきたので、お線香をお供えすることができるようになりました。時折、雨が降ってきたり、天気が不安定な1日でした。今日は春分の日、だいぶ日が長くなりましたが、暖かかったり寒かったり、寒暖の差が激しく、そんな時は、気持ちも不安定になるようです。不安定といえば、私たちの命ほど、不安定なものは無いのです。どんなに健康な人でも関係ないのです。ローソクに火🔥をつけると、火が消えるという問題が出てきます。人間の命に例えると、この世に生まれた瞬間から、ローソクに火が灯るのであります。親は、その火を何とか消さないように、一生懸命、赤ちゃんを育てます。こうして、私は、大人になったのです。いつ何時、無常の風が吹くか分かりません。お彼岸と言うのは、ただお墓参りをする行事では無いのです。いつ何時、無常の風が吹き、ローソクの炎が消えるかもわからない。これは他人事の問題では無いのです、しかも、老少不定、順番通りに、死んでいくとは限りません。この世において、後生の一大事を解決するのが、最も大切なのであります。後生の一大事の解決は、阿弥陀如来のすくいに出会う以外には、方法はありません。暇ができたら、お寺にでも行って、仏様の教えでも聞いてみるかという思いでは、手遅れになるかもしれません。何度も嫌なことを言うようですが、私たちの命は、明日を保証されていません。明日、命日でも文句は言えないのであります。それが、この娑婆世界であります。お彼岸というのは、なぜ1週間あるのか、この1週間の間に仏様の教えを、聞きなさいということであります。既に、阿弥陀如来様の救いは完成され、私に、南無阿弥陀仏と言葉の仏となって、わたしに、はたらいてくださっているのです。私は、ただその言葉を、ありがたいことですと、聞かせていただくだけであります。

今朝の強風で、机の上にお飾りしていた香炉が、吹き飛びました。こんなこと初めてでした。割れなくてよかった。



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令和6年度、春のお彼岸法要

2024-03-19 10:59:00 | お知らせ
春のお彼岸法要のお知らせです。この葉書は、既に、門信徒さまにお送り致しました。どなたでも、お参りは可能でございます。当日、受付にて、お葉書はご用意しておりますので、お書きいただければと思います。




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今更だけど

2024-03-18 20:06:00 | お知らせ
 2年前に放映されたNHKの大河ドラマ、鎌倉殿の13人を、私は今観ております。ちょうど、親鸞聖人が生きておられた頃と重なるので、とても考えさせられます。権力争いの末、兄弟で殺しあったり、親子で殺しあったり、身内であっても、邪魔者は、決して容赦はしない、本当に恐ろしい時代だと思いながら、観ております。まだまだ、途中ですが、源頼朝が、亡くなる時、阿弥陀如来像と頼朝の手が、紐で結ばれている場面、その当時の、極楽浄土を願っての儀式だったのです。今までの自分の犯した罪を悔いて、極楽浄土を願うのです。今までの自らの行いを考え、死を恐れる様子は、現代も変わりません。親鸞聖人の直接の師匠である法然上人のお弟子たちは、武士が中心であると、最近の歴史学者の方から学ぶことがあります。私が30年前に習ったのは、農民が中心であったと習ったのですが、そうでは無いようであります。武士は、人を殺すことが仕事であります。その1番の悩みは、殺生は地獄に堕ちる行いであります。法然上人は、武士を辞める必要は無い、それよりも、阿弥陀如来の救いを信じ、念仏もうしなさい。と説かれたのです。武士は救われたのであります。そして中には、武士を辞め、出家し弟子となられた方もいたのです。しかし、2年前と言えば、コロナ禍の真っ最中、撮影はさぞかし大変だったろうなぁと想像いたしました。

今日は、お彼岸2日目でした、平日でしたけれども、今日も多くの方にお参りいただき、ありがたいことでございます。

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4444

2024-03-17 20:43:00 | お知らせ
今日はお彼岸の初日しかも日曜日に重なり、大変お参りの方が多く、お寺は賑わいました。もうすっかりコロナ禍前に戻った感じでございました。今日ブログ開設4444日目と表示されていました。4が4つ続くなんて、凄いことであります 4は死を連想させると言って忌み嫌う方がいらっしゃいますが、4と言う数字と死は全く関係ございません。そんなの当たり前だと思われますが、しかし、案外みんなどこかで気にするものなのであります。私たちは死が怖いのです。それは死の解決ができていない証拠であります。そして私も同じであります。死の解決は、私の仕事ではなく、阿弥陀如来の仕事であります。私にはどうにもお手上げです。









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