■苦悩する男(上・下)/ヘニング・マンケル 2021.11.29
刑事ヴァランダー最後の事件。
『苦悩する男』 を読みました。
刑事クルト・ヴァランダーも59歳。そろそろ定年を迎える歳だ。
日頃、考えることは 「老い」。
ぼくは、一世代ほど上の年齢だから、なおのこと老いのことはよく考える。
作品は、ミステリだが、人はどんな思いで老いを迎えるのかみてみた。
「久しぶりに元気そうな声だった。嬉しそうだった。ホーカンはときどき落ち込むことがある。歳をとるのが嫌だったのかもしれない。時間が足りないと言っていた。君は何歳だね、クルト?」
「六十歳です」
「ふん、まだ若造だよ。」
退職したら何をするかという疑問に答えが見つからないまま、ヴァランダーは部屋の窓を開け、ふたたびパソコンに向かい、ホーカン・フォン=エンケの人生を探り続けることにした。
「おれは年取ったと感じる」ヴァランダーが言った。「毎日、目を覚ました瞬間から、一日がものすごい速さで過ぎると感じる。何かのあとを追いかけているのか、それとも何かに追いかけられているのかわからないが、とにかくいつも走っているような気がするんだ。正直に言うと、おれは年取ることに大きな不安を感じている。」
「一九五五年に入学した同級生たちの人生は様々だ。おれはいま、おおよそみんなの人生がわかっている。たいていの者ははっきり言ってあまりうだつの上がらない人生を送ってきた。何人かはすでに死んでいる。カナダに移住してから自殺した者もいる。何人かが望みどおりの人生を送った。クイズ番組で成功したスルヴェ・ハーグベリのようにね。だがほとんどの者は文句も言わずに働きづめの人生を送ってきた。外から見ればそう見える。おれは? おれの暮らしは? やっぱり同じようなものだ。六十にもなれば、だいたいのことはもう終わっている。それは悔しいけど認めざるを得ない。残りの人生でしなければならないことはもうあまりないんだ」
「人生が終わりかけていると感じるの?」
「ああ、そうだな。ときどきそう思う」
「そういうとき、何を考えるの?」
孤独は美しいものではない。ここに一人、何も言わない写真に囲まれて、孤独だけが道連れの女性がいる。
「以前は決して泣かなかった」と言って、ファニーは頬の涙を拭った。「でもね、あの人、私の元に帰ってくるのよ。年取るごとにますます頻繁に。あの人、深いところで私を待っているんだと思うの。わたしを下から引っ張るの。まもなくわたしも逝くわ。十分にもう生きたという気がするの。それでも疲れ切った年老いた心臓が打ち続けるの。そして、わたしの秋が終わったら、他の人の春が始まるのよ」
「それ、賢い一句に聞こえるな」
「そうでしょう」と言って、ファニーはにっこり笑った。「おばあちゃんは一人のとき、上手な詩を考えるのよ」
ポーランドへ向かう大きな白い連絡船が浮かんでいた。自分のもっとも鮮明で幸福な時代をいっしょに過ごした人があの船に乗っている。二度と戻らない人が。悲しみと痛みで胸がいっぱいになり、彼はしばらく動けなかった。
死は殴るのだ。と彼は思った。容赦ない力で思い切り殴りかかってくるのだ。
老いについて、人は洋の東西を問わず似たような思いをするのだろうか。
『 苦悩する男(上・下)/ヘニング・マンケル/柳沢由実子訳/創元推理文庫 』
刑事ヴァランダー最後の事件。
『苦悩する男』 を読みました。
刑事クルト・ヴァランダーも59歳。そろそろ定年を迎える歳だ。
日頃、考えることは 「老い」。
ぼくは、一世代ほど上の年齢だから、なおのこと老いのことはよく考える。
作品は、ミステリだが、人はどんな思いで老いを迎えるのかみてみた。
「久しぶりに元気そうな声だった。嬉しそうだった。ホーカンはときどき落ち込むことがある。歳をとるのが嫌だったのかもしれない。時間が足りないと言っていた。君は何歳だね、クルト?」
「六十歳です」
「ふん、まだ若造だよ。」
退職したら何をするかという疑問に答えが見つからないまま、ヴァランダーは部屋の窓を開け、ふたたびパソコンに向かい、ホーカン・フォン=エンケの人生を探り続けることにした。
「おれは年取ったと感じる」ヴァランダーが言った。「毎日、目を覚ました瞬間から、一日がものすごい速さで過ぎると感じる。何かのあとを追いかけているのか、それとも何かに追いかけられているのかわからないが、とにかくいつも走っているような気がするんだ。正直に言うと、おれは年取ることに大きな不安を感じている。」
「一九五五年に入学した同級生たちの人生は様々だ。おれはいま、おおよそみんなの人生がわかっている。たいていの者ははっきり言ってあまりうだつの上がらない人生を送ってきた。何人かはすでに死んでいる。カナダに移住してから自殺した者もいる。何人かが望みどおりの人生を送った。クイズ番組で成功したスルヴェ・ハーグベリのようにね。だがほとんどの者は文句も言わずに働きづめの人生を送ってきた。外から見ればそう見える。おれは? おれの暮らしは? やっぱり同じようなものだ。六十にもなれば、だいたいのことはもう終わっている。それは悔しいけど認めざるを得ない。残りの人生でしなければならないことはもうあまりないんだ」
「人生が終わりかけていると感じるの?」
「ああ、そうだな。ときどきそう思う」
「そういうとき、何を考えるの?」
孤独は美しいものではない。ここに一人、何も言わない写真に囲まれて、孤独だけが道連れの女性がいる。
「以前は決して泣かなかった」と言って、ファニーは頬の涙を拭った。「でもね、あの人、私の元に帰ってくるのよ。年取るごとにますます頻繁に。あの人、深いところで私を待っているんだと思うの。わたしを下から引っ張るの。まもなくわたしも逝くわ。十分にもう生きたという気がするの。それでも疲れ切った年老いた心臓が打ち続けるの。そして、わたしの秋が終わったら、他の人の春が始まるのよ」
「それ、賢い一句に聞こえるな」
「そうでしょう」と言って、ファニーはにっこり笑った。「おばあちゃんは一人のとき、上手な詩を考えるのよ」
ポーランドへ向かう大きな白い連絡船が浮かんでいた。自分のもっとも鮮明で幸福な時代をいっしょに過ごした人があの船に乗っている。二度と戻らない人が。悲しみと痛みで胸がいっぱいになり、彼はしばらく動けなかった。
死は殴るのだ。と彼は思った。容赦ない力で思い切り殴りかかってくるのだ。
老いについて、人は洋の東西を問わず似たような思いをするのだろうか。
『 苦悩する男(上・下)/ヘニング・マンケル/柳沢由実子訳/創元推理文庫 』
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