■哀惜 2023.6.5
『 哀惜 』を読みました。
淡々と語られ、担担として読み進めました。 p577
淡々と語られ.........
「この人を知っていますか?」
「どうしてそんなことを訊くんですか?」やや冷淡な反応になった。
「死亡したんです。わたしは警察の人間です」
「今朝、ラジオで聞いたような気がします。クロウ・ポイントで刺されたのだったかしら?」
「そうです。ここに来たことがありますか?」
「ええ。先週はほぼ毎日。でも長居はしませんでした。あの人は誰かを待っているように見えました。あまり混んでいないときには、頭のなかでお客さんの物語を考えるんです。時間をやり過ごすために。
あの人は女性を待っているように思えました。決して現れることのない女性を。毎晩、あなたとおなじようにバスでやってきて、窓際の席に座るんです。
そして待つ。誰に会いたかったのかはわかりませんけれど、その相手は一度も現れませんでした」
「死に先立つ何週間か、サイモンはバスに乗ってここ、ラヴァコッ卜へ通いました。最初は、ルーシーに話しかけるチャンスをつくろためだと思いましたよ。ウォールデンが、手伝ってくれるようルーシーに声をかけたのかと。ルーシーは、暴行の被害者であるローザ・ホールズワージーの友人でしたから。ウォールデンとルーシーが計画について話をしたのは確実だと思います。しかしそれはウォールデンがここへ通った理由ではなかった。毎日夕方になると、ウォールデンはバスを降りて、ここから広場を挟んだ向こうにあるパブに腰を落ち着けた。〈ゴールデンーフリース〉です。店の女主人は、ウォールデンが恋をしていて、女性を待っているのだと思いました。そして毎晩のように女性は現れず、彼は失望して、バスでバーンスタブルに戻るのだと」マシューは、ロスも一心に耳を傾けていることに気がついた。いま話していることの一部はロスにとっても初耳なのだ。
「実際、サイモンは女性を待っていた。しかしそれは恋人ではなかった」
ジェンとロスはマシューを待ち受けていて、ジェンはマシューが浜辺に着くなり手を振った。マシューのなかには清教徒がいて、その厳格な部分では、部下の部長刑事であるジェンに不満を持っていた。ジェンは若すぎる年齢で子供を産み、虐待のあった結婚生活から逃れ、北の故郷をあとにして、デヴォン・コーンウォール警察に職を得た。子供たちはもうティーンエイジャーで、ジェンは二十代のときに逃した人生の楽しみをいまになって亨受していた。派手に遊び、派手に飲んだ。もし男性だったら、少々脅威を感じさせる肉食タイプだっただろう。火のような赤毛で、健康的で、華やかで、自分とおなじタイプの男が好きだった。しかしそれでも、ジェンの度胸と気力には思わず感心させられることがあった。ジェンは職場に楽しい雰囲気と笑いをもたらしてくれるし、マシューかいままで一緒に働いたなかで最良の刑事だ。
オールダムは一団に向かってうなずき、口を開いた。「手短にいこう。各々、やるべき仕事かあるだろうからね」オールダムは、もっと見栄えがよかったときがあったはずのスポーツジャケッ卜を着ており、シャツはベルトの上にはみ出ていた。彼のイメージはこうだ----メディア映えとは無縁な、古いタイプのいかつい刑事。対照的にマシューのほうは、オフィスを出ることなどないかのように、洗練されたスーツ姿で、ひげもきっちり剃っていた。肌は日光に当たったことかないのかと思うような青白さだ。銀行家といっても、葬儀崖といっても通るだろう。
「でも体格はだいたいおなじ。首に鳥のタトゥーを入れてます。アホウドリ。コールリッジの詩に出てくる老水夫みたいなもので、過去の罪の烙印で、忘れないために入れたんだっていってました」
「だけど、あたしは信じかけてたんです。サイモンは特別だって。カリスマみたいなものがあって、嘘も妥協もないと。信じやすい人たちがなんの疑問も持たずについていく、教祖みたいになったサイモンの姿が想像できた。サイモンには人生における使命かあって他人がどう思おうと気にしないんだ、誰にも邪魔をすることはできないんだってほんとうに信じられそうでした」
「サイモンを愛していたんです。馬鹿みたいだし、うまくいったとは思えないけど、ほんとうに愛してた」
車に戻る途中、目抜き通りの端近くまで歩いたところで、モーリスはパムを見かけた。モーリスが職業人生の大半を過ごした精肉店で一緒に働いていた女性だった。モーリスは気がつくとまた過去にスリップし、思い出や過去の逸話をしゃべりあっていた。パムもいまでは年配で、寡婦だったが、以前と変わらず元気でおもしろかった。昔の同僚の大半と連絡を取りあっていて、最新情報を教えてくれた。誰それが亡くなったとか、誰それがケアホームに入ったとか、誰それはとても健康で元気いっぱいだとか。
「宝くじみたいなものだわよねえ、自分たちの身になにが起こるかなんて、そうじゃない?」パムはいった。「あんたのところのマギーだってさ、いつも健康で、永遠に生きていそうだったのにねえ」
『 哀惜/アン・クリーヴス/高山真由美訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
『 哀惜 』を読みました。
淡々と語られ、担担として読み進めました。 p577
淡々と語られ.........
「この人を知っていますか?」
「どうしてそんなことを訊くんですか?」やや冷淡な反応になった。
「死亡したんです。わたしは警察の人間です」
「今朝、ラジオで聞いたような気がします。クロウ・ポイントで刺されたのだったかしら?」
「そうです。ここに来たことがありますか?」
「ええ。先週はほぼ毎日。でも長居はしませんでした。あの人は誰かを待っているように見えました。あまり混んでいないときには、頭のなかでお客さんの物語を考えるんです。時間をやり過ごすために。
あの人は女性を待っているように思えました。決して現れることのない女性を。毎晩、あなたとおなじようにバスでやってきて、窓際の席に座るんです。
そして待つ。誰に会いたかったのかはわかりませんけれど、その相手は一度も現れませんでした」
「死に先立つ何週間か、サイモンはバスに乗ってここ、ラヴァコッ卜へ通いました。最初は、ルーシーに話しかけるチャンスをつくろためだと思いましたよ。ウォールデンが、手伝ってくれるようルーシーに声をかけたのかと。ルーシーは、暴行の被害者であるローザ・ホールズワージーの友人でしたから。ウォールデンとルーシーが計画について話をしたのは確実だと思います。しかしそれはウォールデンがここへ通った理由ではなかった。毎日夕方になると、ウォールデンはバスを降りて、ここから広場を挟んだ向こうにあるパブに腰を落ち着けた。〈ゴールデンーフリース〉です。店の女主人は、ウォールデンが恋をしていて、女性を待っているのだと思いました。そして毎晩のように女性は現れず、彼は失望して、バスでバーンスタブルに戻るのだと」マシューは、ロスも一心に耳を傾けていることに気がついた。いま話していることの一部はロスにとっても初耳なのだ。
「実際、サイモンは女性を待っていた。しかしそれは恋人ではなかった」
ジェンとロスはマシューを待ち受けていて、ジェンはマシューが浜辺に着くなり手を振った。マシューのなかには清教徒がいて、その厳格な部分では、部下の部長刑事であるジェンに不満を持っていた。ジェンは若すぎる年齢で子供を産み、虐待のあった結婚生活から逃れ、北の故郷をあとにして、デヴォン・コーンウォール警察に職を得た。子供たちはもうティーンエイジャーで、ジェンは二十代のときに逃した人生の楽しみをいまになって亨受していた。派手に遊び、派手に飲んだ。もし男性だったら、少々脅威を感じさせる肉食タイプだっただろう。火のような赤毛で、健康的で、華やかで、自分とおなじタイプの男が好きだった。しかしそれでも、ジェンの度胸と気力には思わず感心させられることがあった。ジェンは職場に楽しい雰囲気と笑いをもたらしてくれるし、マシューかいままで一緒に働いたなかで最良の刑事だ。
オールダムは一団に向かってうなずき、口を開いた。「手短にいこう。各々、やるべき仕事かあるだろうからね」オールダムは、もっと見栄えがよかったときがあったはずのスポーツジャケッ卜を着ており、シャツはベルトの上にはみ出ていた。彼のイメージはこうだ----メディア映えとは無縁な、古いタイプのいかつい刑事。対照的にマシューのほうは、オフィスを出ることなどないかのように、洗練されたスーツ姿で、ひげもきっちり剃っていた。肌は日光に当たったことかないのかと思うような青白さだ。銀行家といっても、葬儀崖といっても通るだろう。
「でも体格はだいたいおなじ。首に鳥のタトゥーを入れてます。アホウドリ。コールリッジの詩に出てくる老水夫みたいなもので、過去の罪の烙印で、忘れないために入れたんだっていってました」
「だけど、あたしは信じかけてたんです。サイモンは特別だって。カリスマみたいなものがあって、嘘も妥協もないと。信じやすい人たちがなんの疑問も持たずについていく、教祖みたいになったサイモンの姿が想像できた。サイモンには人生における使命かあって他人がどう思おうと気にしないんだ、誰にも邪魔をすることはできないんだってほんとうに信じられそうでした」
「サイモンを愛していたんです。馬鹿みたいだし、うまくいったとは思えないけど、ほんとうに愛してた」
車に戻る途中、目抜き通りの端近くまで歩いたところで、モーリスはパムを見かけた。モーリスが職業人生の大半を過ごした精肉店で一緒に働いていた女性だった。モーリスは気がつくとまた過去にスリップし、思い出や過去の逸話をしゃべりあっていた。パムもいまでは年配で、寡婦だったが、以前と変わらず元気でおもしろかった。昔の同僚の大半と連絡を取りあっていて、最新情報を教えてくれた。誰それが亡くなったとか、誰それがケアホームに入ったとか、誰それはとても健康で元気いっぱいだとか。
「宝くじみたいなものだわよねえ、自分たちの身になにが起こるかなんて、そうじゃない?」パムはいった。「あんたのところのマギーだってさ、いつも健康で、永遠に生きていそうだったのにねえ」
『 哀惜/アン・クリーヴス/高山真由美訳/ハヤカワ・ミステリ文庫 』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます