http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2013062802000134.html 『2013.6.28 東京新聞 筆洗』
『新潮日本文学 第7巻 武者小路実篤集』
“憲兵と言えば、こんなことがあった。
終戦の年の初夏の頃、荒川放水路にかかった千住新橋を渡り終えた時、橋のたもとの交番から出てきた体の逞しい下士官の憲兵に呼びとめられた。
私は、徴兵寸前の十八歳で、そのような若い男が軍需工場で働くこともせず日中歩いているのを不審に思ったのだろう。なぜこんな所を歩いている、ときかれ、長兄の経営している木造船所で働いていて、その社用で通行している、と答えた。
憲兵は納得したようだったが、私のかかえている日本文学全集の『武者小路実篤集』に眼をとめ、渡すよううながした。
それをひるがえした憲兵は、
「お前の先輩たちは、戦場で銃を手にして戦っているのに、こんなものを読んでいていいのか」
と、激しい口調でなじり、目次に記されている小説の題を指でたたいた。
それは、記憶が定かではないが、たしか「お目出たき人」という小説であった。かれは、険しい眼をして本を没収し、交番に引返していった。”
『東京の戦争』「歪んだ生活」 吉村昭
http://www.youtube.com/watch?v=5rXPrfnU3G0&feature=youtu.be
『Collateral Murder - Wikileaks - Iraq』 (閲覧注意)
→『IWJウィークリー 第8号』
『新潮日本文学 第7巻 武者小路実篤集』
“憲兵と言えば、こんなことがあった。
終戦の年の初夏の頃、荒川放水路にかかった千住新橋を渡り終えた時、橋のたもとの交番から出てきた体の逞しい下士官の憲兵に呼びとめられた。
私は、徴兵寸前の十八歳で、そのような若い男が軍需工場で働くこともせず日中歩いているのを不審に思ったのだろう。なぜこんな所を歩いている、ときかれ、長兄の経営している木造船所で働いていて、その社用で通行している、と答えた。
憲兵は納得したようだったが、私のかかえている日本文学全集の『武者小路実篤集』に眼をとめ、渡すよううながした。
それをひるがえした憲兵は、
「お前の先輩たちは、戦場で銃を手にして戦っているのに、こんなものを読んでいていいのか」
と、激しい口調でなじり、目次に記されている小説の題を指でたたいた。
それは、記憶が定かではないが、たしか「お目出たき人」という小説であった。かれは、険しい眼をして本を没収し、交番に引返していった。”
『東京の戦争』「歪んだ生活」 吉村昭
http://www.youtube.com/watch?v=5rXPrfnU3G0&feature=youtu.be
『Collateral Murder - Wikileaks - Iraq』 (閲覧注意)
→『IWJウィークリー 第8号』