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和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

【SS】ライオン

2012-04-17 13:48:23 | 小説。
僕という人間を、端的に、今風に言うならば、「草食系」。
何に対しても積極的な関わりを持とうとせず、常に一歩引いた立場を貫く。
欲望が薄く、願望が弱く、意志が見えない。
そんな、典型的な若者だろう。

「君は本当に、何を考えているのか分からないな」
聞き慣れた言葉を、目の前の彼女が口にする。
他人からは、僕という人間はそう映るらしい。
「何も考えてないだけだよ」
と、自嘲気味に返すと何やら悲しい顔をされた。
笑ってくれると思ったのだが。

彼女とは学生時代からの付き合いで。
そろそろ結婚しないといけないのかな、と漠然と考えていた。
あくまでも、漠然と。ぼんやりと。
そんな曖昧な気持ちでプロポーズするのも何だからと思い、今に至る。
実に失礼な話だと思う。だから、口にはしない。
口にしなければいいという話でもないが。

彼女といると、楽しい。
それは嘘偽りない事実だ。
笑ってくれると嬉しい。
泣かれると悲しい。
ごく当たり前の、ごく普通の恋人同士だろう。
だから時折、先のようなことを言われ、悲しい顔をされると戸惑ってしまう。

「何を考えているのか分からない」

そんなことを言われても、僕自身にだって分からない。
何も考えていないというのは、ある意味本当なのだ。
だというのに、彼女は何を気にしているのだろう。
何を――悲しんでいるのだろう。
僕には、そんなことも分からない。

それでも不思議と、別れ話は出てこない。
これは愛想を尽かされたわけではないということだろうか。
取り敢えず僕は、そう考えている。
何ともありがたい話だ。
少なくとも、彼女の前で嘘をつく必要はないということだろう。

欲もなく、願いもなく、意志もなく。
からっぽの僕は、それでも幸せに生きている。
毎日を当たり前に過ごし、大きな不満もなく暮らしている。
誰に誹られることもない。
こんな僕を、彼女も認めてくれているのだろうと思う。
時折見せる悲しげな表情の理由は分からないけれども。

それでもひとつ、反論するならば。
僕は草食系というよりも、ライオンだ。
狩りが下手で、精力的に活動せず、じっと地平線を眺める雄ライオンだ。
隠した爪と牙を使うこともなく。
諍いを嫌い、何よりも平穏を好む。

さし当たって今は。
こんな僕に付き合ってくれる彼女に感謝しよう。
「――ありがとう」
「・・・意味が分からない」
怪訝な顔をする彼女に、僕は少し笑った。
コメント
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