左 源公忠朝臣
いま 行 やら
ひと で
こゑ 山路
の くら
きかま し つ
ほし ほとヽぎ
さに す
宰相
右 山邊赤人
わかの浦にしほみち
くればかたをなみ
あしべをさして
たづ鳴
わた
る
一条兼遐
一条昭良(慶長10年(1605年)-寛文12年(1672))は、後陽成天皇の第九皇子として生まれる。幼称は九宮。母は中和門院近衛前子。慶長14年前関白一条内基の養子となり、兼遐と称した。1629年(寛永6年)関白となり、後に摂政となった。1635年(寛永12年)名を昭良に改め、摂政を退任している。1647年(正保4年)摂政に再任され、その後関白となった。1652年(承応元年)落飾。
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