絵入自讚歌注 宗祇
自讚哥註 下
宮内卿(くないきやう)
かきくらしなをふる里の雪のうちに
あとこそ見えね春はきにけり
心はたゞやへむぐらしげれる宿のさびしきに
人こそ見えね秋はきにけりといふにたがはずな
にとなくさびしきおもかげたぐひなきにや。こと
はりむづかしき哥をばしゐてたづね侍るまゝ
に執しんをとゞめておもしろくおもふなり。かやう
のうたにこゝろをつけ侍らんや。まことの作者と
は申べからん。
又ある註にこの作者の事ともしせしは山しけ
山しのきゝて秋にはたえぬさをしかのこゑ雅經卿
このうたの下句を作て宮内卿に上句をよませ
てあはせたる。俊成卿この五文字を心えずおも
はれけるか此作者の哥にはよすぎたると也。されば
とてこけのしたともいそがれずなき名をうづむ
ためしなければ。雅經卿に給はりて内裏を出けると
きよめ侍うたなり
花さそふひらの山かぜふきにけり
こぎゆく舟のあとみゆるまで
こぎゆくふねのあとのしら波と云うたをとれり。
なみはあとなきもの也。花は舟すぐれどもみえた
るよし也。たけたかくことがらいかめしき哥なり。
かたえさすおほのうらなしはつ秋に
かたえさすおほのうらなしはつ秋に
なりもならずもかぜぞ身にしむ
こゝろは夏のうたなり。なりもならずもとはな
しによせいあるゆへなり。
ある註にうへのきぬを人のをしのけ侍る也。
こゝろあるをじまのあまのたもとかな
月やどれとはぬれぬものから
こゝろはあきらかなり。
ある註にこのうたのこゝろなる哥あまたかけり。
たづぬべし。無心躰の哥となり.
月をなをまつらん物かむらさめの
はれ行くものすゑのさと人
むらさめのはるゝかたは月さやかに雲のこる
かたは月をまつばかりの儀なり。たゞしたておもしろく見るさまなり。
まどろまでながめよとてのすさめかな
あさのさごろも月にうつこゑ
こゝろはあらはなり。
又ある註にいづれの人がわが衣うつを聞てま
どろまで月みよとはうたねどもと也。
たつ田山あらしやみねによはるらむ
わたらぬ水もにしきたえけり
これもこゝろあらはなり。
からにしき秌のかたみをたつた山
ちりあへぬえだにあらし吹なり
冬の山に一むらのこれる紅葉は秋のかたみの
にしきとおもふをあらしのいたくさそふを見てたゞ
あきのかたみをたちつくすと思ふよしなり。ちり
あへぬとはいたく我ともちるもみぢのこゝろなり。
断の字のこゝろなるべし。
霜をまつまがきのきくのよひのまに
をきまがふ色は山のはの月
しもをまつとはきくの霜をふれかしと待には
あらず。霜ふれはうつろふものにてさかりほどな
きはしもをまつやうなる儀なり。花の風を待と云
もおなじ事也。さてこゝろは山のはの月いまだふ
らぬしもをみせたるよし也。
きくやいかにうはの空なる風だにも
まつにをとするならひありとは
待の字を松にかよはしたるなり。つれなき人を
かこち出る也。心思ひ入てみ侍るべきにこそ。
ある註に寄風恋といふ題なり。松は陰風は陽男
女のかたらひのこゝろありとなり。