僅かに一人二人なり。朝に死す夕に生るな
らひたゞ水の泡にぞ似たりける。しらずむま
れしぬる人何方より來て何方ヘかさる。又知ずかり
のやどりたがためにか心をなやまし何によりてか
めをよろこばしむ。○○あるじとすみかと無しやう
をあらそふさまいはゞ朝がをの露にことならず。
あるひは露はおちて花のこるといへども朝日
にかれぬ。あるひは花しぼみて露なを消ず。き
えずといへ○暮を待ことなし。物の心をしれりし
より四十の春秋を送れる間に世の不思議を
見る
(参考)前田家本
僅かに一人二人なり。朝に死に夕に生まるるな
らひ、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、生
まれ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。又、知らず、借り
の宿、誰が為にか心を悩まし、何によりてか
心を悦ばしむる。その主と住み家と無常
を争ふ樣、云はば朝顔の露に異ならず。
或は露落ちて、花残れり。残ると云へども朝の日
に枯れぬ。或は、花凋みて露猶消えず。消
えずと云へども夕をまつ事なし。予、物の心を知れりし
より、四十余りの春秋を送る間に、世の不思議を見る
(参考)大福光寺本
ワツカニヒトリフタリナリ。朝ニ死ニ夕ニ生ルゝナ
ラヒ水ノアハニソ似タリケル。不知ウ
マレ死ル人イツカタヨリキタリテイツカタヘカ去ル。又不知カリ
ノヤトリタカ為ニカ心ヲナヤマシナニゝヨリテカ
目ヲヨロコハシムル。ソノアルシトスミカト無常
ヲアラソフサマイハゝアサカホノ露ニコトナラス。
或ハ露ヲチテ花ノコレリ。ノコルトイヘトモアサ日
ニカレヌ。或ハ花シホミテ露ナヲキエス。キ
エストイヘトモ夕ヲマツ事ナシ。
予モノゝ心ヲシレリシ
ヨリヨソチアマリノ春秋ヲゝクレルアヒタニ世ノ不思議ヲ見ル
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