尾張廼家苞 四之下
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題しらず 摂政
思ひいでゝよな/\月に尋ねずはまてと契りし中や絶なむ
初二句は、打かへしてよな/\月におもひ出ての意也。尋ぬとは、
月を見てまたといひし人の許へおどろかしやるを云。そは月
夜には必來べきほどにまてとの玉ひしが、いかに來玉ふべしや
とやうニいひやる也。さてさやうニ折〃驚かせばこそ其人も思ひ出て
問來る事もあれ。さもせずは、人は忘れはてゝ絶やせんと也。如此
家隆朝臣
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忘るなよ今はこゝろのかはるともなれしその夜の有明の月
有明の月を忘るなよといひへるにて然いふがすなはち昔の
契をわするなといふ意也。なれしはあひ馴し也。
二三四五一とつゞく。
法眼宗円
そのまゝに松のあらしもかはらぬをわすれやしぬるふけしよの月
さきにあひて、諸ともにふけ行月をみてあはれとおもおひしに、こよひの月は
もとより、松のあらしさへかはらぬを、君はわすれやし玉ひしと也。
秀能
人ぞうきたのめぬ月はめぐり來てむかしわすれぬ蓬生の宿
初句はうき物は人なりといふ意にて、ぞじおもし。めぐ
り來てとは、本歌のめぐりあふまでの詞にて、本歌はわすれて
てみるべし。 人
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は昔の契のかはりたる意をこめたるもの也。一首の意は、たのみ
をかえもせざりし
月は、むおかしにかはらず蓬生の宿をとひ來るに、たのみ
をかけし人はかへりて尋こぬ故、その人がうきと也。
八月十五夜和歌所にて月前戀
摂政
わくらばにまちつるよいもふけにけりさやは契りし山端の月
初二句は、まれにたま/\來むと契て、待宵も也。四ノ句は、月の山
端にかたぶくまでとは契らざりし也。わくらばには、
たま/\に也。
有家朝臣
こぬ人をまつとはなくて待よひの更行く空の月もうらめし
月ものもゝじは、まつとはなくてといふよりをうけたり。まつとは
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なくて待よひにも、更行月はうらめしといへる意也。今は中
絶で、契
もなければ、まつ故はなけれどもしやと待るゝ
夜の月も、ふけ行ばうらめしと也。
定家朝臣
松山と契りし人はつれなくて袖こすなみに残る月かげ
上句は、君をおきてあだし心を我もたば末のまつ山
波もこえ南 云々。と契
りし人は、つれなく其契のかはりて也。四ノ句は涙にて、かの本歌の
詞也。かくの
如し。 又かたみに袖をしぼりつゝの歌をも思はれたる也。本歌
一首
にて事たれり。しか末々
まで尋ぬべき事に非ず。又こす浪といふ詞ニ契のかはりたるよしを
こめたり。よろ
し。結句、残るといへるはたらきたる詞也。契は
たえて月影のみ残りて忘れぬさまとなるよし也。一首の
意、
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松山をためしに契りし人はつれなくて、契約とたがひたれば、かの松山を浪のこす
如く、袖に涙がかゝる故、その泪に月がうつりて、なごりもかなしくおもふとなり。
※君をおきてあだし心を
古今集巻第二十 東歌
古今集巻第二十 東歌
みちのくうた
君をおきてあだし心をわがもたはすゑの松山浪もこえなむ
君をおきてあだし心をわがもたはすゑの松山浪もこえなむ
※かたみに袖をしぼりつゝ
後拾遺集 恋歌四
心変はりてはべりける女に人に代はりて
清原元輔
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは