新古今和歌集の部屋

源氏物語 湖月抄 手習 妹尼君の介抱

                  いもうとの尼君也
をみ給へつるとの給。うちきくまゝに、をのが
寺にてみし夢ありき。いかやうなる人ぞ。
                          僧都の詞
まづそのさまみんとなきての給。たゞこの
ひがしのやりどになん侍る。はや御らんぜ
          妹の尼君也
よといへば、いそぎ行てみるに、人もより
つかでぞすてをきたりける。いとわかうゝつ
        浮舟也
くしげなる女のしろきあやのきぬ一かさね、
くれなゐ            香也
紅のはかまぞきたる。かはいみじうかうば
しくて、あてなるけはひかぎりなし。たゞ
我恋かなしむむすめのかへりおはしたる
なめりとて、なく/\ごだちをいだして、
いだきいれさす。いかなりつらんともあり
頭注
をのが寺にて見しゆめ
ありき
寺とは泊瀬なり。
いもうとの尼公の詞、
はつせにこもりて霊
夢をかうぶりしと也。
 
 
 
 
 
たゞ我恋かなしむむすめ
僧都のいもうとは右兵衛
督といふ人の妻にて
ありしが、むすめをう
しなひて悲しみの餘に
道心をこして尼になれる
よし見えたり。其むすめ
は中将といふ人の妻にて
頭注
ありけるとかや
さまみぬ人は、おそろしからでいだきいれ
  浮舟のさま也
つ。いけるやうにもあらで、さすがにめを
                    尼君の詞也
ほのかにみあげたるに、ものゝ給へや。いかなる
人がかくてはものし給へるといへど、物おぼえ
         尼君の也
ぬさまなり。湯とりて手づからすくひ
            浮舟也
入などするに、たゞよはりにたえ入やう
          尼君の心也
なりければ、中/\いみじきわざかなとて
この人なく成ぬべし。かぢし給へと、げんざの
          孟法師どもの詞也
ざりにいふ。さればこそ。あやしき御物あつ
かひなりとはいへど、神などの御ために經よ
                             僧都の詞
みつゝいのる。僧都もさしのぞきて、いかにぞ
                  調伏して也
なにのしわざぞと、よくてうじてとへと
頭注
いかなりつらんともあり
さまみぬ人 初てみつ
けたる人は鬼や何ぞ
と思てをぢたるを、今
女と見定てのち、其は
じめのさまをもしらぬ
女房達は、おそろしくも
思はでいだき入たる也。
 
 
 
 
 
 
神などの御ために
細心經を神分とて
加持の前に讀をいへ
り。
よくてうじてとへと
三 物のけをよく調伏し

頭注
て事のさまをいはせよ
と也。
         浮舟の也
の給へど、いとよはげにきえもてゆくやう
      法師共の詞也
なれば、えいき侍らじ。すゞろ成けがらひに
こもりてわづらふべきこと。さすがにいと
やんごとなき人にこそ侍めれ。しにはつと
もたゞにやはすてさせ給はん。みぐるしき
                僧都のいへる也。妹の尼君の
わざかなといひあへり。あなかま人にきかす
詞なるべし
な。わづらはしきこともぞあるなどくちが
ためつゝ、尼君゙はおやのわづらひ給よりも、
此人をいけはてゝみまほしうおしみて、うち
つけにそひゐたり。しらぬ人なれど、みめ
のこよなうおかしければ、いたづらになさじ
     かぎり
と、みる限あつかひさはぎけり。さすがに
頭注
すゞろんるけがらひに
とても死なほど
に、非分の穢にこもら
んとみないふ也。
 
 
 
 
 
わづらはしき事もぞ
いかなる人ぞと恐怖
也。よき人などにて
もし尋ねきてむつかし
き事やあらんと也。
 

を見給へつる」と宣ふ。打聞くままに、
「己が寺にて、見し夢有りき。いかやうなる人ぞ。先づその樣見ん」
と泣きて宣ふ。
「ただ、この東の遣戸になん侍る。はや御覧ぜよ」と言へば、急ぎ
行きて見るに、人も寄り付かでぞ棄て置たりける。いと若う美しげ
る女の、白き綾の衣(きぬ)一重ね、紅の袴ぞ着たる。香はいみ
じう芳ばしくて、あてなる気配限り無し。
「ただ、我が恋ひ悲しむ娘の帰りおはしたるなめり」とて、泣く泣
く御達(ごだち)を出だして、抱き入れさす。いかなりつらんとも
有り樣見ぬ人は、恐ろしからで抱き入れつ。生けるやうにも有らで、
流石に目を仄かに見上げたるに、
「物宣へや。如何なる人が、かくては物し給へる」と言へど、物覚
ぬ樣なり。湯取りて、手づから掬ひ入れなどするに、ただ弱りに
絶え入るやうなりければ、中々いみじきわざかなとて、
「この人亡く成りぬべし。加持し給へ」と、験者の阿闍梨に言ふ。
「さればこそ。あやしき御物扱ひなり」とは言へど、神などの御為
に經読みつつ祈る。僧都もさし覗きて、
「如何にぞ、何の仕業ぞと、よく調じて問へ」と宣へど、いと弱げ
に消えもて行くやうなれば、
「え生き侍らじ。すずろ成る穢らひに籠りて患ふべき事。流石にい
と止む事無き人にこそ侍めれ。死に果つともただにやは棄てさせ給
はん。見苦しきわざかな」と言ひ合へり。
「あなかま。人に聞かすな。煩はしき事もぞある」など口固めつつ、
尼君は親の患ひ給ふよりも、此人を生け果てて見まほしう惜しみて、
打つけに添ひ居たり。知らぬ人なれど、見目のこよなうおかしけれ
ば、徒らになさじと、見る限り扱ひ騒ぎけり。流石に
 
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄  九条禅閣植通
※河 河海抄  四辻左大臣善成
※細 細流抄  西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄  牡丹花肖柏
※和 和秘抄  一条禅閣兼良
※明 明星抄  西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
 
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