隠名戀 俊成卿
海士のかるみるめを波にまがへつゝなぐさの湊を尋ねわびぬる
ミ ル
めでたし。 二三の句は、海邊なる海松めの、浪に隠れ
て、見うしなひたる意にて、たとへたる意は、一度逢見つれ
ども、その人やどをも名残も隠せる故に、誰といふことを
とめうしなひたる也。 下句は、なぐさに、名といふことを
もたせて、宿をも名をも尋ねわびぬとなり。 上にぞ°共
や°ともいはで、ぬるととまりたるは、變格にて、尋ねわびぬる
ことよと、うち歎きたる意のてにをは也。 さて此歌、
くさ/"\まぎらはしきことあり。まづ此前後はみな、いまだ
逢ざる戀の哥のみなれば、是もそのこゝろかと思へど、もし
いまだ逢ざる意ならば、名を隱すは、此方の隱す
ことなるべきに、さては下句聞えがたし。さればこれは必、か
なたの名を隱す意なるにさては又いまだあはぬさき
にはいかゞなり。さればかならず逢見たる後の哥なるに、
こゝに入たるは、撰の誤なるべし。 さて又二三の句を
彼方よりまがへたること見ては聞えず。其故は、下句は此方
の事なるに、つゝといひてつゞけたれば、上の句も、必こ
なたの事ならでは、詞のつゞきかなはず。近き世の人は、す
づくかやうのわきまへをしらず。よく/\心をつくべし。
又見るめをなみとつゞきたるは、逢事のなきといふ
やうにきこゆれども、そのいひかけとはあらず。これまた
ようせずはまぎれぬべし。