宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く
1235 よみ人知らず
君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなるここちかはする
1236 よみ人知らず
恋しさに死ぬる命を思ひ出でて問ふ人あらばなしと答えよ
1237 謙徳公
別れては昨日今日こそ隔てつれ千世しも経たる心地のみする
1238 恵子女王
昨日とも今日とも知らず今はとて別れしままの心まどひに
1239 右大将道綱母
絶えぬるか影だに見えば問ふべきを形見の水は水草ゐにけり
1240 陽明門院
方々に引き別れつつ菖蒲草あらぬねをやはかけむと思ひし
1241 伊勢
言の葉の移ろふだにもあるものをいとど時雨の降りまさるらむ
1242 右大将道綱母
吹く風につけても問はむささがにの通ひし道は空に絶ゆとも
1243 天暦御歌 ○
葛の葉にあらぬわが身も秋風の吹くにつけつつうらみつるかな
1244 延喜御歌
霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ
1245 よみ人知らず
浅茅生ふる野辺やかるらむ山がつの垣ほの草は色もかはらず
1246 女御徽子女王 ○
霞むらむ程をも知らずしぐれつつ過ぎにし秋の紅葉をぞ見る
1247 天暦御歌 ○
今来むとたのめつつふる言の葉ぞ常磐に見ゆる紅葉なりけり
1248 朱雀院御歌
玉ぼこの道は遥かにあらねどもうたて雲居にまどふころかな
1249 女御熈子女王
思ひやる心は空にあるものをなどか雲居にあひ見ざるらむ
1250 後朱雀院御歌
春雨の降りしくころは青柳のいと乱れつつ人ぞこひしき
1251 女御藤原生子
青柳のいと乱れたるこの頃はひと筋にしも思ひよられじ
1252 後朱雀院御歌
青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色はかはらじ
1253 女御藤原生子
浅みどり深くもあらぬ青柳は色かはらじといかがたのまむ
1254 藤原実方朝臣
古へのあふひと人は咎むともなほそのかみの今日ぞわすれぬ
1255 よみ人知らず
枯れにける葵のみこそ悲しけれ哀と見ずや賀茂のみづがき
1256 天暦御歌 ○
逢ふ事をはつかに見えし月影のおぼろげにやは哀ともおもふ
1257 伊勢
さらしなや姨捨山の有明のつきずもものをおもふころかな
1258 中務
いつとても哀と思ふをねぬる夜の月は朧げなくなくぞ見し
1259 凡河内躬恒
更級の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこの頃のそら
1260 よみ人知らず
天の戸をおしあけがたの月見れば憂き人しもぞ恋しかりける
1261 よみ人知らず
ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の浪に濡れて来しかな
1262 紫式部
入る方はさやかなりける月影をうはの空にも待ちし宵かな
1263 よみ人知らず
さして行く山の端もみなかき曇りこころのそらに消えし月影
1264 藤原経衡 ○
今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし
1265 肥後
面影のわすれぬ人によそへつつ入るをぞ慕ふ秋の夜の月
1266 後徳大寺左大臣
憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうち眺めつつ
1267 西行法師 ○
月のみやうはの空なる形見にて思ひも出でばこころ通はむ
1268 西行法師
隈もなき折りしも人を思ひ出でてこころと月をやつしつるかな
1269 西行法師
物思ひて眺むる頃の月の色にいかばかりなるあはれ添ふらむ
1270 八条院高倉
曇れかしながむるからに悲しきは月におぼゆる人のおもかげ
1271 太上天皇
忘らるる身を知る袖のむら雨につれなく山の月は出でけり
1272 摂政太政大臣
めぐりあはむ限はいつと知らねども月な隔てそよその浮雲
1273 摂政太政大臣
わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見えねど
1274 権中納言公経
恋ひわぶるなみだや空に曇るらむ光もかはるねやの月かげ
1275 左衛門督通光 ○
いくめぐり空行く月もへだてきぬ契りしなかはよその浮雲
1276 右衛門督通具
いま来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たるありあけの月
1277 藤原有家朝臣
忘れじといひしばかりのなごりとてその夜の月は廻り来にけり
1278 摂政太政大臣
思ひ出でて夜な夜な月に尋ねずは待てと契りし中や絶えなむ
1279 藤原家隆朝臣
忘るなよ今は心のかはるとも馴れしその夜のありあけの月
1280 法眼宗円 ○
そのままに松のあらしも変らぬを忘れやしぬるふけし夜の月
1281 藤原秀能 ○
人ぞ憂きたのめぬ月はめぐり来てむかしわすれぬ蓬生の宿
1282 摂政太政大臣
わくらばに待ちつる宵もふけにけりさやは契りし山の端の月
1283 藤原有家朝臣
来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の更け行く空の月もうらめし
1284 藤原定家朝臣
松山と契りし人はつれなくて袖越す浪にのこる月かげ
1285 皇太后宮大夫俊成女
ならひ来し誰が偽もまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生
1286 二条院讃岐 ○
あと絶えて浅茅がすゑになりにけりたのめし宿の庭の白露
1287 寂蓮法師
来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の蓬がすゑぞ待つにまされる
1288 左衛門督通光 ○
尋ねても袖にかくべきかたぞなきふかきよもぎのつゆのかごとを
1289 藤原保季朝臣
かたみとてほの踏み分けしあともなし来しは昔の庭の荻原
1290 法橋行遍 ○
なごりをば庭の浅茅に留め置きて誰ゆゑ君が住みうかれけむ
1291 藤原定家朝臣 ○
忘れずはなれし袖もや氷るらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ
1292 藤原家隆朝臣
風吹かば峰に別れむ雲をだにありしなごりの形見とも見よ
1293 摂政太政大臣
いはざりき今来むまでの空の雲月日へだててもの思へとは
1294 藤原家隆朝臣
思ひ出でよ誰がかねごとの末ならむ昨日の雲のあとの山風
1295 刑部卿範兼
忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ
1296 殷富門院大輔 ○
忘れなば生けらむ物かと思ひしにそれも叶はぬ此世なりけり
1297 西行法師
疎くなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを
1298 西行法師 ○
今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけなりけり
1299 土御門内大臣
あひ見しは昔がたりのうつつにてそのかねごとを夢になせとや
1300 権中納言公経
あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢をたれかさだめむ
1301 右衛門督通具 ○
契りきや飽かぬわかれに露おきし暁ばかりかたみなれとは
1302 寂蓮法師
恨みわび待たじいまはの身なれども思ひ馴れにし夕暮の空
1303 宜秋門院丹後
忘れじの言の葉いかになりにけむたのめし暮は秋風ぞ吹く
1304 摂政太政大臣
思ひかねうちぬる宵もありなまし吹きだにすさめ庭の松風
1305 藤原有家朝臣
さらでだにうらみむとおもふ吾妹子が衣の裾に秋風ぞ吹く
1306 よみ人知らず ○
心にはいつも秋なる寝覚かな身にしむ風のいく夜ともなく
1307 西行法師
あはれとて問ふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻の上風
1308 俊恵法師 ○
わが恋は今をかぎりとゆふまぐれ荻吹く風の音づれて行く
1309 式子内親王
今はただ心の外に聞くものを知らずがほなる荻のうはかぜ
1310 摂政太政大臣
いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮のまつかぜの声
1311 前大僧正慈円
心あらば吹かずもあらなむよひよひに人待つ宿の庭の松風
1312 寂蓮法師
里は荒れぬ空しき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く
1313 太上天皇
里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ち来し宵も昔なりけり
1314 藤原有家朝臣
物思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を
1315 藤原雅経
草枕結びさだめむかた知らずならはぬ野辺の夢のかよひ路
1316 藤原家隆朝臣 ○
さてもなほ問はれぬ秋のゆふは山雲吹く風も峰に見ゆらむ
1317 藤原秀能 ○
思ひいる深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな
1318 鴨長明 ○
ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮
1319 右衛門督通具 ○
言の葉のうつりし秋も過ぎぬればわが身時雨とふる涙かな
1320 藤原定家朝臣 ○
消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露
1321 寂蓮法師
来ぬ人をあきのけしきやふけぬらむうらみによわるまつ虫の声
1322 前大僧正慈円 ○
わが恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をあきのゆふぐれ
1323 太上天皇
袖の露もあらぬ色にぞ消えかへる移ればかはる歎せしまに
1324 藤原定家朝臣 ○
むせぶとも知らじな心かはら屋にわれのみたけぬ下の煙は
1325 藤原家隆朝臣 ○
知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮とたのむ秋かぜ
1326 皇太后宮大夫俊成女
露はらふねざめは秋の昔にて見はてぬ夢にのこるおもかげ
1327 前大僧正慈円 ○
心こそゆくへも知らね三輪の山杉のこずゑのゆふぐれの空
1328 式子内親王 ○
さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて
1329 式子内親王
生きてよも明日まで人はつらからじこの夕暮を問はばとへかし
1330 前大僧正慈円 ○
暁のなみだやそらにたぐふらむ袖に落ちくる鐘のおとかな
1331 権中納言公経 ○
つくづくと思ひあかしのうら千鳥浪の枕になくなくぞ聞く
1332 藤原定家朝臣 ○
尋ね見るつらき心の奥の海よ汐干のかたのいふかひもなし
1333 藤原雅経 ○
見し人のおもかげとめよ清見潟そでにせきもる浪のかよひぢ
1334 皇太后宮大夫俊成女 ○
ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに
1335 皇太后宮大夫俊成女
かよひ来しやどの道芝かれがれにあとなき霜のむすぼほれつつ
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