増抄云。行尊僧正の大峯にて、諸ともにあはれ
とおもへ山桜花よりほかにしる人もなしとあそ
ばしたるに似たり。梅よわれをわするなわれ
は後のよまでも終日のながめをわするまじ
きと也。かくなれてもわがおもふやうに、むめは
おもはぬ。そうなるとのうらみたるしたごゝろあり。
一 土御門ノ内大臣の家に梅香留袖と云事
をよみ侍ける 藤原ノ有家ノ朝臣
于時正四位下大蔵卿。大宰ノ大貳重家
子。 十九首入
一散ぬれば匂ひばかりを梅の花ありとや袖に春風の吹
本哥
増抄云。折つれば袖こそ匂へ梅の花ありとや
こゝにうぐひすのなく。むかしはかやうに少かへても
よめり。鴬と春風とをかへたるばかり也。定家卿
詠哥大概さだめられしよりは、こゝろある
べき事にや。春風が木の花はみな吹ちらし
て、あかぬあまりに、袖が匂へば、花があるかと
おもひて、ちらさんとおもひてふくが、これ
は匂ひばかりにてあるぞとなり。匂ひばかり
をといふにて、袖に留る心をあらはしたり。
頭注
ちりぬれば匂ひばかり
といへるを味へばちらぬ
さきには花も袖に
つゝみわたるよし
ともきこえたり。
※折つれば~
古今集春歌上
題しらず よみ人しらず
折りつれば袖こそにほへ梅花有りとやここにうぐひすのなく