新古今和歌集の部屋

源氏物語和歌 須磨

170 源氏 鳥辺山燃えし煙も紛ふかと海士の塩焼く恨みにぞ行く
 とりへやまもえしけふりもまかふやとあまのしほやくうらみにそゆく

171 大宮 亡き人の別れやいとど隔たらむ煙となりし雲居ならでは
 なきひとのわかれやいととへたたらむけふりとなりしくもゐならては

172 源氏 身はかくてさすらへぬとも君が辺りさらぬ鏡の影は離れじ
 みはかくてさすらへぬともきみかあたりさらぬかかみのかけははなれし

173 紫上 別れても影だに留まる物ならば鏡を見ても慰めてまし
 わかれてもかけたにとまるものならはかかみをみてもなくさめてまし
174 花散里 月影の宿れる袖はせばくとも止めても見ばや飽かぬ光を
 つきかけのやとれるそてはせはくともとめてもみはやあかぬひかりを

175 源氏 行き廻り終に澄むべき月影の暫し曇らむ空な眺めそ
 ゆきめくりつひにすむへきつきかけのしはしくもらむそらななかめそ

176 源氏 逢ふ瀬無き泪の川に沈みしや流るる身をの始めなりけむ
 あふせなきなみたのかはにしつみしやなかるるみをのはしめなりけむ

177 朧月夜 涙川浮かぶ水泡も消えぬべし流れて後の瀬をも待たずて
 なみたかはうかふみなわもきえぬへしなかれてのちのせをもまたすて

178 藤壺宮 見しは無くあるは悲しき世の果てを背きし甲斐もなくなくぞ経る
 みしはなくあるはかなしきよのはてをそむきしかひもなくなくそふる

179 源氏 別れにし悲しきことは尽きにしを又ぞこの世の憂さは増される
 わかれにしかなしきことはつきにしをまたそこのよのうさはまされる

180 右近将監 引き連れて葵挿頭ししその髪を思へば辛し賀茂の瑞垣
 ひきつれてあふ ひかさししそのかみをおもへはつらしかものみつかき

181 源氏 憂き世をば今ぞ別るるとどまらむ名をば糺すの神に任せて
 うきよをはいまそわかるるととまらむなをはたたすのかみにまかせて

182 源氏 無き影や如何見るらむよそへつつ眺むる月も雲隠れぬる
 なきかけやい かかみるらむよそへつつなかむるつきもくもかくれぬる

183 源氏 何時か又春の都の花を見む時失へる山賤にして
 いつかまたはるのみや このはなをみむときうしなへるやまかつにして

184 王命婦 咲きて疾く散るは憂けれど行く春は春の都を立返り見よ
 さきてとくちるはうけれとゆくはるははなのみやこをたちかへりみよ

185 源氏 行ける世の別れを知らで契りつつ命を人に限りけるかな
 いけるよのわかれをしらてちきりつついのちをひとにかきりけるかな

186 紫上 惜しからぬ命に替へて目の前の別れを暫し止めてしかな
 をしからぬいのちにかへてめのまへのわかれほしはしととめてしかな

187 源氏 唐国に名を残しける人よりも行方知られぬ家居をやせむ
 からくにになをのこしけるひとよりもゆくへしられぬいへゐをやせむ

188 源氏 故郷を峰の霞は隔つれど眺むる空は同じ雲居か
 ふるさとをみねのかすみはへたつれとなかむるそらはおなしくもゐか

189 源氏 松島の海士の苫屋も如何ならむ須磨の浦人塩垂るる頃
 まつしまのあまのとまやもいかならむすまのうらひとしほたるるころ

190 源氏 懲りずまの浦の海松藻もゆかしきを塩焼く海士や如何思はむ
 こりすまのうらのみるめのゆかしきをしほやくあまやいかかおもはむ

191 藤壺宮 塩垂るる事を焼くにて松島に年経るあまも歎きをぞ積む
 しほたるることをやくにてまつしまにとしふるあまもなけきをそつむ

192 朧月夜 浦に焚く数多に包む戀なれば燻る煙よ行く方ぞ無き
 うらにたくあまたにつつむこひなれはくゆるけふりよゆくかたそなき

193 紫上 浦人の塩汲む袖に比べ見よ波路隔つる夜の衣を
 うらひとのしほくむそてにくらへみよなみちへたつるよるのころもを

194 六条御息所 うきめ刈る伊勢をの海女を思ひやれ藻塩垂るてふ須磨の浦にて
 うきめかるいせをのあまをおもひやれもしほたるてふすまのうらにて

195 六条御息所 伊勢島や潮干の潟に漁りても言ふかひなきは我が身なりけり
 いせしまやしほひのかたにあさりてもいふかひなきはわかみなりけり

196 源氏 伊勢人の浪の上漕ぐ小舟にもうきめは刈らで乗らましものを
 いせひとのなみのうへこくをふねにもうきめはからてのらましものを

197 源氏 海士が積む歎きの中に塩垂れて何時まで須磨の浦に眺めむ
 あまかつむなけきのうちにしほたれていつまてすまのうらになかめむ

198 花散里 荒れ優る軒の忍を眺めつつ繁くも露の掛かる袖かな
 あれまさるのきのしのふをなかめつつしけくもつゆのかかるそてかな

199 源氏 戀詫びて泣く音に紛ふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ
 こひわひてなくねにまかふうらなみはおもふかたよりかせやふくらむ

200 源氏 初雁は恋しき人のつらなれや旅の空飛ぶ声の悲しき
 はつかりはこひしきひとのつらなれやたひのそらとふこゑのかなしき

201 良清 かきつらね昔のことぞ思ほゆる雁はその世の友ならねども
 かきつらねむかしのことそおもほゆるかりはそのよのともならねとも

202 惟光 心から常世を棄てて鳴く雁を雲のよそにも思ひけるかな
 こころからとこよをすててなくかりをくものよそにもおもひけるかな

203 右近将監 常世出でて旅の空飛ぶ雁が音もつらに遅れぬ程ぞ慰む
 とこよいててたひのそらなるかりかねもつらにおくれぬほとそなくさむ

204 源氏 見る程ぞしばし慰む廻り逢はむ月の都は遥かなれども
 みるほとそしはしなくさむめくりあふむつきのみやこははるかなれとも

205 源氏 憂しとのみ偏に物は思ほえで左右にも濡るる袖かな
 うしとのみひとへにものはおもほえてひたりみきにもぬるるそてかな

206 筑紫五節 琴の音に引き留めらるる綱手縄たゆたふ心君知るらめや
 ことのねにひきとめらるるつなてなはたゆたふこころきみしるらめや

207 源氏 心ありて引き手の綱のたゆたはばうち過ぎましや須磨の浦波
 こころありてひきてのつなのたゆたははうちすきましやすまのうらなみ

208 源氏 山賎の庵に焚ける柴々も言問ひきなむ恋ふる里人
 やまかつのいほりにたけるしはしはもこととひきなむこふるさとひと

209 源氏 何方の雲路に我も迷ひなむ月の見るらむ事も恥づかし
 いつかたのくもちにわれもまよひなむつきのみるらむこともはつかし

210 源氏 友千鳥諸声に鳴く暁は独り寝覚めの床も頼もし
 ともちとりもろこゑになくあかつきはひとりねさめのとこもたのもし

211 源氏 何時となく大宮人の恋しきに桜挿頭し今日も来にけり
 いつとなくおほみやひとのこひしきにさくらかさししけふもきにけり

212 源氏 古里を何れの春か行きて見む羨ましきは帰る雁金
 ふるさとをいつれのはるかゆきてみむうらやましきはかへるかりかね

213 頭中将 飽かなくに雁の常世を立ち別れ花の都に道や惑はむ
 あかなくにかりのとこよをたちわかれはなのみやこにみちやまとはむ

214 源氏 雲近く飛び交ふ鶴も空に見よ我は春日の曇なき身ぞ
 くもちかくとひかふたつもそらにみよわれははるひのくもりなきみそ

215 頭中将 鶴が鳴き雲居に独り音をぞ鳴く翼並べし友を恋ひつつ
 たつかなきくもゐにひとりねをそなくつはさならへしともをこひつつ

216 源氏 知らざりし大海の原に流れ来て一方にやは物は悲しき
 しらさりしおほうみのはらになかれきてひとかたにやはものはかなしき

217 源氏 八百万神も哀れと思ふらむ犯せる罪のそれと無ければ
 やほよろつかみもあはれとおもふらむをかせるつみのそれとなけれは

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