女ノ哥ヨミカケタル故實
勝命語云しかるべき所などにて無心なる女房など
の哥よみかけたる無術ことおほかり。それは
故實のあるなり。まづきかぬよしにそらおぼめき
してたび/"\とふ。さればのちにははぢしらひて
さだかにもいはず。これをあつかふほどにかへしおもひ
えたればいひつ。よみうべくもあらねばやがておぼめきて
やみぬるひとへのこと也。又なまみやづかへ人にも
あれさるべきざれたる女などのそへごとゝなづけて
きゝしらぬ哥の一両句などをいひかくることあり。
もし心えたればいかにもいひつべし。しらぬことならば
たゞよもさしもおぼされじなどうちいひてある
べし。これはいづかたにもたがはぬ事なり。ふかくおも
ふぞといふ心にもまたうしつらしといふ心にもおの
づから通用しつべし。心づきなきよしにいひたらん
にこそ心をやりたるやうなるべけれ。それもざれたる
たはぶれにいひなせるさまにもなりぬべき也。
女の歌よみかけたる故実
勝命語云、「しかるべき所などにて、無心なる女房などの歌懸けたる、術無こと
多かり。それは故実のある也。先づ聞かぬ由に空おぼめきして、度々問ふ。され
ば、後には恥らひて、定かにも言はず。これを扱ふ程に返し思ひえたれば、言ひ
つ。詠み得べくもあらねば、やがておぼめきて止みぬる、ひとへの事也。又なま
宮仕へ人にもあれ、さるべきざれたる女などの添へごとと、名付けて聞き知らぬ
歌の一、両句などを言ひかくる事あり。もし心得たれば、いかにも言ひつべし。
知らぬことならば、ただ、『よもさしも思されじ』など打言ひて有るべし。これ
はいづ方にも違はぬ事なり。深く思ふぞと云ふ心にも、又憂し辛しと云ふ心にも、
自づから通用しつべし。心づきなき由にいひたらんにこそ、心をやりたるやうな
るべけれ。それもざれたる戯れに云ひなせる様にもなりぬべき也。」
◯勝命
平安末期没年不詳。藤原氏魚名流、俗名親重、佐渡守親賢息。従五位上美濃権守。
◯術無
当惑して。
◯空おぼめき
そらとぼけて。
◯ざれたる女
気取った女。
◯添へごと
その場に当て付けた冗談。
◯ざれたる戯れに
ふざけた冗談をわざと言ったと。