頼實ガスキノ事
左衛門尉蔵人頼實はいみじきすき物なり。和哥
に心ざしふかくて五年が命をたてまつらん。
秀哥よませ給へとすみよしにいのり申けり。
そのゝち年へておもきやまひをうけたり
けるとき命いくべきいのりどもしける時家
にありける女にすみよしの明神つき給て
かねていのり申事をばわすれたりか。
この葉ちるやどはきゝわくことぞなき
しぐれするよもしぐれせぬよも
といへる秀哥よませしはなんぢが信をいたして
われに心ざし申しゆへなり。さればこのたびは
いかにもいくまじき也とておぼせられけり。
頼實ガスキノ事
左衛門尉蔵人頼実は、いみじきすき物なり。和歌に志深く
て、「五年が命を奉らん。秀歌よませ給へ」と住吉に祈り
申しけり。その後、年経て、重き病をうけたりける時、命
生くべき祈りどもしける時、家にありける女に住吉の明神、
憑き給て、「かねて祈り申し事をば忘れたりか。
木の葉ちる宿は聞き分くことぞなき
時雨する夜も時雨せぬ夜も
といへる秀歌よませしは、汝が信をいたして、我に志申し
し故なり。されば、この度は、いかにも生くまじき也」と
て、仰せられけり。
※左衛門尉蔵人頼実 清和源氏多田流。頼国男、頼綱兄。従五位下左衛門尉。和歌六人党の一人。後拾遺初出。
※木の葉ちる 後拾遺集冬。題は落葉如雨。袋草子にも同話がある。
※生くまじき 助からないぞ