新古今和歌集の部屋

吾妻鏡 新古今和歌集を内藤朝親、実朝に贈ること他

○新古今和歌集を内藤朝親、実朝に贈る事
元久二年九月大二日乙酉 内藤兵衛尉朝親自京都下着、持參新古今和歌集。是通具、有家、定家、家隆、雅經等朝臣奉勅定、於和歌所。去三月十六日撰進之。同四月奏覽。未被行竟宴。又無披露之儀。
而將軍家令好和語(歌)給之上、故右大將軍御詠被撰入之由就聞食、頻雖有御覽之志。態不及被尋申。
而朝親適屬定家朝臣嗜當道。即列此集作者 讀人不知 之間、廻計略可書進之由、被仰含之處。依朝雅、重忠等事、都鄙不靜之故、于今遲引云々。

○藤原定家近代秀歌、実朝に贈る事
承元三年八月大十三日甲戌 知親(元朝字也。与美作藏人朝親名字着到時混乱間改之)自京都歸參。所被遣于京極中將定家朝臣之御歌、加合點返進。又獻詠歌口傳一巻。是六義風躰事 内々依被尋仰也。

近代秀歌 奥書
本云
承元之比自征夷將軍依被尋先人所注送之秘本也
弘長二年九月老後更書写之
     三代撰者桑門融覚醒判
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「新古今和歌集」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事