とみたてたり。雲と云ものは、夜はやまにかゝりて有
あけぼのに山より外へわかれたるものなれば也。
かすみたつゆくすゑと云かけて、遠望の躰
をもたせたり。ほの/"\とは朝の躰なり。
古事に男と女と此山をかけて契りしに、
波のこえけるによりて、わかれしといふことなれ
ば、その古事をおもひて、波にはなるゝとよ
めるとみえたり。かやうのよせなければ、はなるゝ
といふ詞を用たるべし。波にはなるゝ制の詞也。
一 守覚法親王五十首哥よませ侍けるに 藤原
定家朝臣 守覚法親王とは仁和
寺殿也。定家卿正四位下、右近中將。俊成卿
二男母前若狭守藤親忠女。四十六首入
○春の夜の夢のうき橋とだえして嶺にわかるゝよこ雲のそら
古抄云。この五文字きどく也。春とも秋とも冬とも
云べけれども、春のよの名残おほくあだに明ゆくとみえ
つる夢さへはかなくおぼえつるものよといへる心あるべし。
餘情かぎりなき哥なり。夢のうき橋とだえ
してとは、夢のさめたる事也。春のよの明行時分
夢もあとなくて、さても名残おしきものかなと
ながめやるに、みねのよこ雲のこゝろなくわかれ
行よといふ心をこめて、よこ雲の空と云すて
かれたる哥也。夢の浮橋口傳あり。
増抄云。此哥むづかしきよし沙汰の有事也
然どもさやうにはみるべからずとぞ。上手のしわざ
なる故に、やす/\としたる事を、故ありげに
云なしたる也。唯あけぼのゝ躰也。上句は春
夜のみじかさ故に、はかなき夢も半にて
さめたるよし也。下句はよがあけて雲が嶺
にわかるゝ由也。一首のしたては、夢をもみは
てずさめたるほどに、よふかゝらんとおもへば、嶺に
よこ雲がわかれて、よがあけたるに、さてもみ
じかきことかなとよめる成べし。とだえとわかるゝ
と取あわせたり。夏の夜はまだよひながら明
ぬるを雲のいづこに月やどるらん。と云哥と
似たる作なり。おもひ合すべし。夏の夜は
よいながらあけたると覚ゆる作ほどに、夜こそよひ
のまゝにて明たれ。されとも月はのこりてあらん
とおもへば、月も入にけりといふ作なり。その
ごとく、春の夜の夢のうきはしこそとだえ
してみじかけれ。夜はまだあけまじきほど
にとみわたせば、よこ雲もわかるゝとなり。
頭注
夢のうちにあふ
人にわかるゝ時分
雲もみぬにわか
るゝなり。とかくあか
つきはわかるゝならひ
との心あるべし。
※古抄云 新古今集聞書
※よこ雲の空と云すてかれたる →よこ雲の空と云すてられたる 聞書による