「似つかはしからぬ扇の樣かなと見給ひて、我が持給へるに、さしかへて、
見給へば」
源心
につかはしからぬあふぎのさまかなとみ給ひて、わが
も給へるにさしかへてみ給へば、あかきかみの、うつるば
かりいろふかきに、木だかきもりのかたをぬり
かくしたり。かたつかたにてはいとさだすぎたれ
どよしなからず。√もりのしたくさおいぬればな
ど、かきすさひたるを、ことしもにてあれ、う
たての心ばへやとゑまれながら、√もりこそなつ
のとみゆめるとて、なにくれとの給ふもにげなく、
内侍
人やみつけんとくるしきを、女はさもおもひたらず
内侍
君しこばたなれのこまにかりかはんさかり過たる
したばなりとも。といふさま、こよなういろめきたり
源
√さゝわけば人やとがめんいつとなくこまなづ
源詞
くめるもりの木がくれ。わづらはしきにとてたち給
を、ひかへて√まだかゝるものをこそ思ひはべらねい
源詞
まさらなる身のはぢになんとて、なくさまいといみ
じ。いまきこえん。思ひながらぞやとて、ひきはなち
内侍
て出給ふを、せめてをよびて√はし/"\らとうらみ
み
かくるを、うへはみうちきはてゝ、御さうじのうちより
のぞかせ給けり。につかはしからぬあはひかなと、いと
御門詞
おかしうおぼしめされて、すき心゛なしと、つねにもて
なやむめるを、さはいへど、すぐさゝりけるはとて、わら
はせ給へば、ないしはなままばゆけれど√にくからぬ人
ゆへはぬれぎぬをだにきまほしかるたくひもあな
ればにや。いたうもあらがひきこえさせず。人々゛も思ひ
のほかなりことかなとあつかふめるを、とうの中将き
きつけて、いたらぬくまなき心にて、まだ思ひよらざ
りけるよと思ふに、つきせぬこのみ心もみまほしう成
内侍心 頭中
にければ、かたらひつきにけり。此君も人よりはいとこ
となるを、かのつれなき人の御なぐさめと思ひつ
れど、みまほしきはかぎりありけるをとや。うたての
このみや。いたうしのぶれば、けんじの君はえしり給は
内侍源を 源心
ず。みつけきこえては、まづうらみきこゆるを、よはひ
のほどいとおしければ、なぐさめんとおぼせど、かなは
似つかはしからぬ扇の樣かなと見給ひて、我が持給へるに、さしかへて、
見給へば、赤き紙の、映るばかり色深きに、木高き森のかたを、塗り隠し
たり。片つ方に、手は、いとさだ過ぎたれど、よしなからず。√森の下草
おいぬればなど、書きすさびたるを、事しもこそあれ、うたての心映へや
と笑まれながら、「√森こそ夏の、と見ゆめる」とて、何くれとの給ふも、
似げなく、人や見つけんと、苦しきを、女はさも思ひたらず
君し来ば手(た)なれの駒に苅り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
と言ふ樣、こよなう色めきたり。
√笹分けば人や咎めんいつとなく駒なづくめる森の木隠れ
「煩はしきに」とて立ち給ふを、ひかへて、「√未だかかる物をこそ思ひ
侍らね。今更なる身の恥になん」とて、泣く樣、いといみじ。「今聞こえ
ん。思ひながらぞや」とて、引き放ちて、出で給ふを、せめてをよびて、
√橋柱と恨みかくるを、上は、御袿果て、御障子の内より覗かせ給ひけり。
似つかはしからぬあはひかなと、いと可笑しうおぼし召されて、「好き心
なしと、常にもてなやむめるを、さはいへど、過ぐさざりけるは」とて、
笑はせ給へば、内侍は、なままばゆけれど、√憎からぬ人故は、濡衣をだ
に着ま欲しがる類ひもあなればにや。いたうもあらがひ、聞こえさせず。
人々も、思ひの他なり事かなと、扱かふめるを、頭の中将、聞きつけて、
至らぬ隈無き心にて、未だ思ひ寄らざりけるよと思ふに、尽きせぬ好み心
も見まほしうなりにければ、語らひつきにけり。
この君も、人よりはいと異なるを、かのつれなき人の御慰めと思ひつれど、
見まほしきは、限りありけるをとや。うたての好みや。いたう忍ぶれば、
源氏の君は、え知り給はず。見つけ聞こえては、まづ恨み聞こゆるを、齢
のほど、いとおしければ、慰めんとおぼせど、叶は
引歌
※√森の下草おいぬれば
古今和歌集雑歌上
題知らず よみ人知らず
大荒木の森の下草おいぬれは駒もすさめず刈る人もなし
又は、桜麻のをふの下草おいぬれは
※√森こそ夏の
出典不明 源氏釈より
隙もなく茂りにけりな大荒木の森こそ夏の蔭は知るけれ
新拾遺集 夏歌
題知らず 源信明
ほととぎす来鳴くを聞けば大荒木の森こそ夏の宿なるらし
※√未だかかる物を
出典不明 花鳥余情によれば、拾遺集恋歌五
題知らず 坂上郎女
黒髪にしろ髪交じりおふるまてかかる恋にはいまだあはざるに
√橋柱
拾遺集恋歌四
限なく思ひなからの橋柱思ひながらに中や絶えなん
新勅撰雑歌四
思ふこと昔ながらの橋柱ふりぬる身こそ悲しかりけれ
√憎からぬ人故は、濡衣をだに着ま欲しがる
古今和歌六帖
憎からぬ人の着すなる濡衣はいとひかたくも思うほゆるかな
本歌
√笹分けば
花鳥余情によれば、蜻蛉日記
笹分けば荒れこそまさめ草枯れの駒なつくべき森の下かは
和歌
源典侍
君し来ばたなれの駒に苅り飼はん盛り過ぎたる下葉なりとも
意味:もし貴方がお出でくだされば、貴方の手馴れた駒に馬草を苅って与えましょう。盛りが過ぎた下草ですけど。
源氏
笹分けば人や咎めんいつとなく駒なづくめる森の木隠れ
意味:もし笹分けて行ったなら、人は咎めるでしょう。いつでも多くの駒が近づいて来る森の木隠だから