昨日からの続きです。
吟情六則とは吟じる時にその六つの感情を表現することである。
その様なことは文章で書くとその通りである。
武田信玄と上杉謙信の戦いを描写した詩文「川中島 頼山陽」と
源平最後の戦いに敗れた一の谷での平家の末路を詩文にした「青葉の笛 松口月城」は
明らかに訴えるものが異なる。
この二つの吟に触れた方が、前者は勇壮教訓で後者は哀愁懐古と
全く異なるように聴いてくれるだろうか?
「なんだ!!詩吟はどれも同じだ!!」と感想を持たれないだろうか?ということを気にしている。
私は感情を出そうと思って吟じるわけであるが、どうしても詩吟の声調に力が入り、
いつの間にか感情表現が二の次になっていることが多い。
詩吟をもって聴く方に感動を伝えなければならないのに
「どれを聴いても詩吟は同じで、退屈するよ!!」とは、
詩吟大会を初めて聴吟してもらった友人の感想である。
大会終了後の友人との会話で、
私は必死に六則、感情、吟情等を込めて感動を与えたいとの訴えは届かず、
友人には「詩吟は皆同じ!!」としか残らなかったようである。
私の稚拙な吟だからかの原因ばかりではないようであるが、心して修練を続けたいと思う。
明日に続きます。