醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  286号  白井一道

2017-01-08 12:24:02 | 随筆・小説

 会津坂下の酒 「豊久仁」を楽しむ

侘輔 今日のお酒はお馴染みの福島県会津坂下の酒蔵豊国酒造さんの「豊久仁純米大吟醸」山田錦精米歩合四十%、全国新酒鑑評会金賞受賞酒のお酒なんだ。
呑助 全国新酒鑑評会で金賞受賞したお酒なんですか。
侘助 そうだなんだよ。それもね、マイナス二度の冷蔵庫で三年寝かしたお酒なんだ。
呑助 どうしてそんなお酒が手に入ったんですか。
侘助 坂長さんが蔵を訪ね、蔵の倉庫に眠っていたお酒を唎酒して、注文したお酒のようなんだ。だから、坂長さんにしか出荷していないお酒のようだ。そのお酒をね、今日は楽しもうと思っているんだ。
呑助 なんかわくわくしてきましたよ。値段はいくらなんですか。
侘助 四千八百円かな。
呑助 その値段は高いんですか、それとも安いんですかね。四千八百円というとちょっと高そうにも思いますけれどもね。
侘助 そう思うでしょ。蔵としては、その値段では割に合わない値段のようだよ。なぜかというとね、原料米の山田錦でしょ。精米歩合が四十%の大吟醸でしょ。その酒を冷蔵庫で三年寝かしているんでしょ。まぁー、最低でも一万六千円ぐらいで赤字ならないぐらいらしいよ。
呑助 じゃー、どうして四千八百円という超安値で売ってくれたんですかね。
侘助 今じゃ、一万六千円、新酒鑑評会金賞受賞酒というコピーでは売れないそうだよ。二十年前だったら売れても、今じゃ、売れない。それだけ需要は冷え込んでいるみたいだよ。
呑助 じゃー、蔵じゃ、捨て値で出荷したということですか。
侘助 そうなんじゃないのかな。冷蔵庫に置いていても、売れる見込みがない以上やむを得なかったのかもしれない。
呑助 我々はそういう偶然に巡り合うことができたということですか。
侘助 名酒を楽しむ喜びを続けているとたまにはいいこともあるということなりかな。
呑助 三年も熟成させたお酒は古酒になっているんではないですかね。
侘助 老香と書いて「ひねか」と読むんだけれどね、黄色に変色し、紹興酒のような香りがする一種の老臭、臭みがするのを老香というんだけれどね、全然ないと坂長さんは言っていたよ。
呑助 保存が良かったんですかね。
侘助 そうだと思う。本当に良く、熟成していると言っていた。マイナス二度で貯蔵していたということが良かったのかもしれない。
呑助 常温で保存したら、ダメだったのかもしれませんね。
侘助 そうかもしれない。人間も熟年になると角がとれて丸くなり、人間関係も滑らかになるでしょ。お酒も熟成すると丸くなり、余分にあったいろいろな雑味がとれてすっきりしたものになる。酒のおいしさだけがすっきりと喉を潤してくれるようになる。
呑助 綺麗なお酒になるんですかね。
侘助 そうらしい。日本の伝統文化としての味は素材の美味しさそのものを取り出すところにあるようだからね。三年熟成させたお酒は正に日本伝統文化の味そのものかな。