醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  294号  白井一道

2017-01-16 12:12:13 | 随筆・小説

 切字「や」を芭蕉は発見した

句郎 「おくのほそ道」、旅立ちの句を覚えている。
華女 「行春や鳥啼魚の目は泪」だったかしら。
句郎 しっかり覚えているなぁー。まだまだ頭は若いということなのかな。
華女 頭だけじゃないわよ。
句郎 身体年齢は五十台くらいかな。
華女 三十代と言いたいところだわ。
句郎 平泉で詠んだ「夏草や兵どもが夢の跡」、立石寺で詠んだ「閑さや岩にしみ入蝉の声」、象潟で詠んだ「象潟や雨に西施がねぶの花」。これらの句には句の構成が共通しているよね。
華女 そうね。体言の上五に「や」をつけて切り、下五を体言で結んでいるのよね。
句郎 このような句の構成法を二句一章というらしいね。
華女 そうよ。取り合わせの句の代表的な構成方法なのよ。
句郎 大須賀乙字という明治の頃の国文学者が俳諧を学び、代表的な俳句構成法を二句一章と言ったようなんだ。
華女 あっ、そうなの。じぁー、一句一章というのも乙字さんが言ったことなのかしらね。
句郎 違うみたいだよ。臼田亜波という俳人が「二句一章」という俳句構成法を受けて「一句一章」を提唱したようだよ。
華女 「えにしだの夕べは白き別れかな」亜波の知られた句の一つね。
句郎 この句は一句一章の句だね。
華女 そうね。
句郎 二句一章の句を構成する上五に切れ字の「や」をつけた句は最も俳句らしい俳句っぽい句になるからね。
華女 でも名句は一句一章の構成法の句にあるみたいよ。例えば蛇笏の「おりとりてはらりとおもきすすきかな」とか、「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」は誰もが名句だと言っているみたいよ。
句郎 そうなんだ。今日、僕がね、言いたいことは、俳諧の連歌が誕生してから「や」という言葉が発見されたということなんだ。「古池や蛙とび込む水の音」。この芭蕉の句が広く人口に膾炙されるようになって上五の体言に切れ字の「や」をつける。下五には同じ体言で結ぶ。芭蕉は二句一章という俳句の構成法について述べることはなかったけれども、この構成法は現代の最も初歩的な俳句の作り方になっている。和歌には俳句のような「や」はないようだよ。
華女 そうなの。
句郎 そうらしい。文芸評論家の山本健吉がこのようなことを述べている。蕉風の発句が切れ字「や」を発見したとね。三十一文字の和歌にたいして十七文字の俳句。文字数が十四字減少したことで全く別の文芸が誕生した。哲学的なことを言えば量的変化が質的変化を起こしたということになるのかな。芭蕉は現代社会に隆盛を誇る俳句を創造したと言えるのではないかと、思うんだ。古池という実在するものがイメージする世界の実在感を具象するものが「蛙とび込む水の音」なんだ。中七と下五は上五のリフレーンなんだ。二つのものを取り合わせ、一つの世界を構成する。これが俳句というもののようなんだ。二句一章も一句一章も同じ一つの世界を構成するものでなければ俳句にはならない。切れ字「や」は俳句を創造した。