醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  290号  白井一道

2017-01-12 15:49:21 | 随筆・小説

  北方領土の島々がロシアから返還されなかった理由

 2016年12月15、16日、ロシア大統領プーチンが来日した。71年間、日本固有の領土歯舞、色丹、国後、択捉がロシアに併合されたままになっている。ヤルタ会談で米英の了解を得て、ソ連のスターリンが日本の領土を奪ったものである。
1945年、日本が連合国側に無条件降伏して以来、21世紀になった今になってもロシアとの講和条約が結ばれないまま、現在に至っている。本当に悲しい現実である。北方領土に住んでいた人々は老い、故郷を失ったままになっている。この人々の願いを実現するのが政治家の役割である。
 シベリアに抑留されている旧日本兵の帰国実現を悲願とした鳩山一郎首相は国交のないソ連に1956年、モスクワに乗り込み、抑留された旧日本兵帰国を実現させ、北方領土返還の交渉をした。その共同宣言では、「ソ連は歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と明記されることになった。こうして北方領土の一部が返還される望みがかなったかに思えたが、このニュースを知った当時のアメリカ国務長官ダレスは重光葵外相に対し「二島返還を受諾した場合、アメリカが沖縄を返還しない」という圧力(いわゆる「ダレスの恫喝」)があった。
ソ連もまた北方領土を日本に返還した場合、そこに米軍基地が建設される可能性がある以上、北方領土の返還はしないという意思を表明した。
 日本固有の領土、北方領土が70年以上もの間、日本に帰ってこない理由は、米ソ冷戦があったからである。冷戦が終わった以上、米軍基地は縮小されていくものと思っていたがどうもそうではなさそうだ。沖縄では辺野古に米軍の新基地をなんと日本人の税金で日本政府が作ろうとしている。冷戦が終わるとソ連はワルシャワ条約機構軍を解体したが、アメリカはNATOを解体しなかった。
 プーチンの訪日が伝えられると日本のメディアは北方領土返還の実現を思わせるような報道が相次いだ。私も北方領土の一部でも返還されるのかと思っていたが実現しなかった。なぜ実現しなかったのか。デモクラテレビでの山田厚史さんの話を聞いて分かった。「ダレスの恫喝」が今もあったのだ。ウクライナ問題をめぐって日本はロシアに対して経済制裁をしている。にもかかわらず、安倍政権はロシアと交渉し、シベリア開発に協力したいと申し出た。その話にプーチンも乗ってきた。だから北方領土の返還が実現するかもしれないと憶測が生じたのだ。このような提案をしたのが今井尚哉、安倍首相の主席秘書官だった。このような官邸の動きに不快感を持ったアメリカの意を汲んだ外務省OBの谷内正太郎が2016年11月、ロシアに赴き、プーチン来日の予備会談の席で発言した。ロシアは日本側に確認した。北方領土を返還した場合、歯舞諸島や色丹島に米軍基地を作らせないと約束できるかとの問いに対して、谷内氏は「その可能性は否定できない」と返答した。日米同盟を至上命令とする日本の外務省が北方領土返還をぶち壊した。経済産業省の意向を受けた今井尚哉と外務省の意向を受けた谷内正太郎との間に齟齬が生じた。官邸に罅が入った。
プーチンは安倍総理との共同記者会見で述べていた。ダレスの恫喝に触れ、日本の国民のみなさん、と話かけた。ウラジオストックにはロシアの軍港があります。その先に米軍のレーダーや基地があったら、ロシアの軍艦は動きがとれなくなってしまうでしょう。ロシアは北方領土の返還はできません。これがプーチンの主張だった。
 安倍首相はプーチンにやられてしまった。3400億ドルを取られてしまった。北方領土返還を実現し、衆議院を解散。総選挙、自民党の圧勝。憲法改正の夢が吹っ飛んだ出来事だった。