みりんに、わたしは
『あなたの息子です』と
ゆわれても困ってしまう。
「あなたは本味醂でしょう?」と
説得しようと思うが依怙地に横を向いている
それならば
と煮物にたらりと落とすと
『おかーさんっ』と焦っている
くたくたと煮るとそのうち声が消えていく
瓶をのぞくと煮物分だけ減った
息子はなにやら物憂げにたゆたっている
それでは
瓶の口元からとろり零れた液体は息子の体の
どの部位に当たるの(か)
私も物憂げになる
雰囲気はつかめたがさて顔がわからぬこの子
のてておやはと夫を眺めるが
さも旨そうに夫は煮物をつついている
知らぬ間に産んだ(らしい)この子を
独りひそかにめでるのは気がひける。
目を?く夫に相談を持ちかけ
討議を重ね そうだ
腹のなかに戻し生みなおすのがわれら
子なしには最良とさわやかな結論をくだした
ひとさじのみりんをのむ
『いやだみりんのままがいい』
と叫ぶ息子に
「せめて顔など見てみたい」としなだれ
『これだけいっても』
と泣く息子に
「決めたことは通すのがわたしの性分」と
ふ意気地ない息子に激怒しつづけ暇あれば
みりんを飲み干す日々に。
はりつめた気配あり
(や)とふりむくと
瓶が倒れている揺れているころがっていく
おまちと声かけるまもなく
みりんは玄関へころがって
ぱりん と三和土で割れていた
駆けつける心配である息子が消えてしまう
見ると硝子の破片を身につけた固体が、
またしても顔のない固体がすっくと
立っていた
『いたくはないそれほどでは』
呟いている
これからどうするつもりなのかその体でどう
やって生きていくのかさまざま掻きくどくが
つめたく
扉に近寄りもたれているちいさな体つい扉開
けすべて忘れられるのねこれまでのことおま
えはと小声でたずねると
『じゃ』
とうつむき加減に出ていった
決然と、そのいいざま
最期まであくまで小憎らしく依怙地
歯がみする思いだが
反面身を切られる思い
(お)これこそがわたし似!
あれこそ‥‥、
やはり
私の息子だった。
H7.8.27